新春時代劇スペシャル『徳川家達 〜天下人にならなかった男』
大正三年三月二十六日の朝である。貴族院議長徳川家十六代徳川家達は厳しく現れた勅使から組閣の大命を受理したのだった。家達が勅使から勅命を受け取ったのを見ると家令をはじめとした徳川家中は一斉に喝采を上げた。薩長に奪われし天下がやっと上様のところに帰ってくるのだ。やはり薩長の卑しい生まれの田舎侍には天下は無理であった。今天下を治めるに相応しいのは上様、徳川家十六代の徳川家達公を於いて他にない。しかし当の家達は勅命を手に沈黙していた。家達は勅命を見つめ日光に祀られている大権現を思い浮かべた。ああ!家康公今再び天下が徳川に降って来ましたぞ。慶喜のクソバカのせいで失った天下が再び徳川の身元に!その時家達はどこかから厳かな声を聞いたのである。『十六代よ。天下人になりたくば民を知らねばならぬ。その方身を隠して江戸市中を周り民をしかと見聞せよ』
というわけで家達は大権現の言う通りに大正版遊び人の金さんといった風のモボの格好に着替えて東京見聞に向かったのだった。勿論家令達には自分についてくるなと申し伝えていた。そんなことしたら手打ちに致すと血判状を書かせて誓わせたのである。
さて民を知るには民と話をしなければならなかった。江戸の民は徳川を未だに慕っているはず。この家達が総理大臣、いや征夷大将軍になる事を喜ぶはず。家達は早速都電で隣り合わせになった若い男にそれとなく自分の事を聞いた。
「あのさ君突然だけどやっぱり薩長ってクソだよね。やっぱり徳川が天下治めたほうが良くない?徳川の今の当主の貴公子ってまじイケてるじゃん。彼にとりあえず総理大臣やらせたいよね」
「まぁ、確かに薩長なんて碌でもないけど徳川よりマシでしょ。アンタあの当主がイケてるとかマジで言ってんの?アイツ激ヤバなクズじゃん。給仕をみんなの見てる前でハメちゃったりしてさ。アイツの弟が兄貴が変態だってバレバレなのにまだ貴族院議長やめねえって呆れてたって言ってるぐらいだぜ。そんな奴が総理大臣になったら俺日本亡命するね」
家達はこの無礼者を手打ちにしてやると言って持っていた杖で無茶苦茶殴りつけた。
そして家についた家達は皆の集まる前でこう言った。
「僕が総理大臣になったら無礼者はみんな打首にしてやります!それが出来ないなら総理なんかなりません!」
こうして徳川家達は総理大臣にならなかったのである。
《完》
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