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閉店セール

 そろそろ秋の木枯らしがやって来そうな日曜日。都内のとあるブティックが閉店の日を迎えていた。このブティックはとある海外のブランドの日本法人が展開している店舗の一つであるが、日本での業績悪化による赤字の清算のために店を閉めることになった。この不景気の世。別にグッチだのルイヴィトンだの誰もが知っているブランド以外はどこだって皆業績が悪い。この別に高くもなく安くもないブランドもそんな感じで店舗の閉店どころか今では日本を撤退するという噂まで流れていた。

 そんなわけで今日を持ってこの店舗は閉店するのだが、だというのに客はあまりきていなかった。今店の中にいるのは三人である。男女のカップルと冴えないおっさんだ。だがその客たちも張り紙を見てただ店に立ち寄ったって感じで別に買う気はないようだ。モニターの時刻は16時01分と表示されている。営業終了まで後四時間である。

 その閑古鳥さえ鳴くのに飽きたような店の隅で先ほどから店長と店員のリーダーが閉店後の残務処理についてミーティングしていた。しかし話はいつの間にか残務処理からただの愚痴に変わっていた。

「後半日ちょいでここともお別れか。最初はまぁイケると思ったけど結局ダメだったってことか。結局楽しかったのは最初だけだよな。開店した時は芸能人なんか呼んで行列も並んでいたのに今じゃ閉店セールだってのに客なんかきやしねえ」

「全く次の配属先決まってる人は呑気でいいよね。で、どこに配属されるんだっけ?」

「品質管理部。って偉そうに聞こえるけどただの倉庫管理だよ。全く面白味がねえ。で、そちらは?」

「私はコールセンターのSV。ファッションと全然関係ない業種だからまた一から勉強し直し」

「あっ、そうか。あなた派遣だっけ?てっきりうちの契約社員かと思った」

「はぁ?店長それ本気で言ってる?この店あなた以外はみんな派遣だよ」

「悪い悪い、長くやってきたからみんなうちの従業員だっていつのまにか思うようになってさ。ああ!そうなんだよなぁ!で、みんな次の就職先決まってるわけ?」

「さぁ、本人たちに聞けば」

と、いい加減うざくなったリーダーはこう言って店長を突き放した。これを受けて店長は罰の悪そうな顔をしてすぐに残務処理の話に戻った。そうしてしばらくすると客の冴えないおっさんが売り物のハンカチを持ってレジの方へ歩いて行った。おっさんはレジの女の子に向かって今日で閉店なんだってねと話しかけそれからずっとこの店のショーウィンドウ見ていていずれ服を買いたいと思っていたとか、もっと早くここに来ればよかったとかペラペラと話し出し女の子はにこやかに笑みを浮かべて話に付き合っていた。

「よく頑張るねえ。あんな貧乏なオヤジなんかさっさと会計済ませて適当にあしらえばいいのに。話しに付き合うことはねえよ」

 また店長が愚痴を言い出した。リーダーは厳しい顔で彼を嗜めた。

「あのさ、あの子この店が好きだったんだよ。憧れのブランドの店で働けて幸せだっていつも言っていたんだから。多分この店の閉店を一番悲しんでいるのはあの子だと思う。なのにあの子は店長みたいに愚痴なんか言わないでいつも通り働いているのよ。あなたもいつまでもそんな腐った顔してないで最後まで仕事やり遂げなさいよ」

 このリーダーのお叱りを聞いて店長は妙に感傷的な気分になった。店長になった時はこの店の売り上げを全国の店舗のトップにしてやろうって思っていろいろ頑張った。最初はいろいろ企画なんか挙げて他の店舗じゃやらないイベントなんか企画してマスコミなんかにも取り上げられてそれなりに盛り上がったんだ。だけどそれもだんだんしぼみだしていつの間にか怠惰になってただルーティンで店に来て時間潰すってだけの毎日送るようになった。もしかしたら店が潰れたのは自分のやる気のなさが原因かもしれない。

 それから時間が経ち客はとうとう誰もいなくなった。時間は18時半。もう閉店まであと1時間半だ。店長はもうすぐ閉店するこの店の店内を見渡していろんなことを思い出していた。店の開店日の盛況ぶり。まだ同じ会社で働いて恋人が涙を浮かべて祝福してくれたっけ。店の初イベントの成功。その成功に調子に乗って企画した店内でのファッションショー。それも大成功だった。今いる店のスタッフと改装前日の閉店後に唯一のやった飲み会。あれは楽しかった。いつの間にかこんなに腐ってしまったのだろう。このままじゃ店が潰れるってわかっていたのに何もしないでただ手をこまねいていたなんて。

「この店がダメになったのは本社のせいじゃない。やっぱり俺のせいだ。俺が何もしなかったから……」

 こう呟いて店長は泣きだした。皆驚いて店長の元に集まった。皆涙を浮かべる店長を心配そうな目で見つめている。

「あなたのせいじゃないよ店長。これは本社の方針でしょ?あなたの力じゃどうにかなるって話じゃないじゃない」

 リーダーは店長そう優しく声をかけた。他の子も笑顔で店長を励ました。「それに」と先ほどのレジの子が言った。

「まだ店は営業中ですよ。私たちが泣いてるとこなんかお客さんに見せられませんよ」

 店長はこの励ましに笑いながら涙を拭いて顔を上げた。

「そうだな、あと1時間最後までやり切るぞ」

 この店長の言葉に店員たちは拍手をした。店長はその拍手に対して礼をしてこう言った。

「ありがとう。俺最後までこの店の店長としてやり切るよ」

「そうと決まったら!」

 こうリーダーが声を上げた瞬間店員たちの表情ががらりと変わった。

「あとラスト1時間、これからが本場よ!」

「ラジャー!」

 その時店内に突然アラームが鳴りだし店員たちがあわただしく動き始めた。この突然の事態に店長はただおろおろしてリーダーになんだこれはと尋ねた。

「バカなの?もう少しでラス1のタイムセールが始まるじゃない!ほら見て店長!店の外にはタイムセールの客があんなに並んでいるのよ!」

 確かに店の窓は人の顔で埋めつくされていた。えっ、さっきまでの閑古鳥っぷりはなんだったんだ?もしかしてみんなこれ目当てだったのか!やがて今度は重々しい鐘の音が鳴り、同時に4つ打ちのけたたましいユーロビートが流れ出した。それを合図にしてか外の客がどっと店に入って来て店はたちまち混乱状態に陥った。

『ファイアー!私をものにしないとすぐに燃え尽きちゃうわよ!ファイアー!燃え尽きる前に私をゲットして!ファイアー!』

 店員たちが店内をあわただしく動き回りレジ打ちや客対応や奥から服を大量に補充したりいしている中、いまだ事態が呑み込めない店長は店の中でただ茫然と突っ立っていた。

『ファイアー!私をものにしないとすぐに燃え尽きちゃうわよ!ファイアー!燃え尽きる前に私をゲットして!ファイアー!』

 その店長に腹が立ったリーダーは客のいる前で思いっきり彼を叱り飛ばした。

「何ボーっと突っ立ってんのよ!アンタこの店の店長なんでしょ!さっさと動いてなんでもやってとにかく客さばけよ!」

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