廃線間近のとある駅でうどんを食べた
普段見慣れぬドアの取手を見てようやく電車を乗り間違えたのに気づいた。私には間抜けなところがあってたまにとんでもない大ポカをする。いつも気をつけているのだがそれでも時たまこんな風にバカをしでかしてしまう。今日だっておそらく手前のホームに降りてしまったに違いない。自分の乗る電車は奥のホームから出るのだがしょっちゅう無意識に足が手前のホームの階段に向いてしまう。いつもは降りる手前で気づいて踵を返すのだが、今日とうとうやってしまったのだ。だけど奇妙な事だ。こんな自分以外ほとんど乗客のいないローカル線が中央を走っているなんて。まぁ、おそらくこの場所なりの事情があるに違いないが。
そんなわけで私は止まった電車から降りて、今この冷たい風の吹きすさぶホームで上りの電車を待っている。駅は見事なまでの無人で自販機もなくただ座ると冷たそうな鉄製のベンチがいくつかあるだけだった。駅の辺りは真っ暗で遠くの方にネオンライトで輝いているのが見えるが、多分その辺りに私のいつも乗っている路線の駅があるのだろう。北関東特有の冷たい風が吹きつける中、一応NAVITIMEで時刻表を確認してまだこの電車がある事は確認したものの、この明かりさえまばらなホームに本当に電車が来るのか不安になって、何度もそばの時刻表を確認した。時刻表によると電車はあと一時間弱で到着するらしい。
私は九月から北関東の事務センターに異動になって毎日電車でこの地方まで通っている。私の住まいは東京で、事務センターまではかなり距離があるが一応通勤圏内だ。だが時間はそれなりにかかる。乗り継ぎで約二時間。早朝家を出て着くのは就業開始十五分前だ。全くちょっとした小旅行だ。おまけに本数も少ないから一本乗り遅れるととんでもない時間のロスになる。なのにこんな大失敗をしでかすとは。支社に通勤し始めた時からあれほど電車に気をつけろと自分に言い聞かせていたのに。
と自分を責めてもどうにもなることではなかった。とにかくここで電車を待つしかない。私はベンチにも座らずそのままホームに立ち寒さに震えながらボロボロの時刻表とNAVITIMEを交互に見ていた。そうしつつ時たま首を伸ばして電車が来ないかチェックしていた。だが当然ながら電車の来る気配などなかった。そうしてずっと駅のホームで突っ立っていたが吹き荒ぶ風で寒さに耐えられなくなってきた。私はもう限界だと思いどこか風の当たらない所はないか探した。したら少し離れた所にぼんやりとした明かりのついている建物があるのを発見した。その建物からはほんのりとしたいい匂いが漂っていたのだ。なんたる灯台下暗し。あそこにあるのは立ち食いそば屋ではないか。私は喜び勇んで早足で立ち食いそば屋へと向かった。そば屋で暖は取れるし、何より空きっ腹を埋められる。私は昼間っから何も口にしていなかったのだ。
だが店の前に近づいた時、私は割烹を着た爺さんが出てきて店の前に掛けていた暖簾を降ろしているのに出くわしてしまった。私は都内の店だったら諦めて無言でその場を去るのだが、こんな僻地で空きっ腹と極寒の寒さに震えて電車なんか待ちたくないという思いに耐えられなくなり爺さんに思わず声をかけた。
「あの、まだ大丈夫ですか?」
爺さんは呆気に取られたような顔でしばらくじっと私を見てから答えた。
「いや、もう閉店なんです。火だって止めちゃったし」
「そこをなんとか。私は昼間っから何も食べていないのです」
まるで物乞いか何かであった。普段の私ならこんな恥ずかしい真似はしない。だがこんな僻地に迷い込んだせいで完全に余裕がなくなってしまっていた。もう断られたら持っているカバンで爺さんを殴りつけてしまいかねない状態だった。いや、勿論そんな気分だったという事で実行などしないのであるが……
爺さんは怪訝な顔でじっと私を見てやがてニッコリと微笑んで外しかけていた暖簾を戻して言った。
「じゃ中にお入んなさいな」
中に入ると爺さんは私に席に座るように言うと、「ちょっと待っていてくださいね」と声をかけてきて、それから厨房に入ってすでに片付けていたであろう調理具などを取り出し始めた。私はその爺さんの姿を見てなんだか申し訳なく思った。爺さんは一通り準備を終えたのか私に向かって注文はなにかと聞いてきた。私はこういう所ではいつもかけそばを食べているので今回もかけそばを注文したのだが、すると爺さんは渋い顔をしてこう答えた。
「お客さん、うちはそばやってないんですよ。うどん専門店ですので」
駅の立ち食いの店でうどん専門とは珍しい。大半の店はそばとうどん両方置いてあるものだ。とはいっても私は別にそばしか食べないわけではない。私はうどんを食べることに決めどんなメニューがあるのかと壁に貼られたお品書きを見た。するとかけうどんとか天ぷらうどんとか、まぁどこでも見るようなメニューの隅っこに赤文字で『天かす生姜醤油全部入りうどん』と書かれているものが目に入った。私は爺さんに向かって指を差しながらこれはなんですかと尋ねた。
「ああ〜、それは……。あのお客さん地元の方じゃないですよね?それは地元の人間向けに出してるもんでしてお客さんのような方には……いえ、出せないわけじゃないんですが、お気に召すかどうか……。やっぱりかけうどんとかの方がよろしいんじゃないですか?」
私は爺さんが困った顔をしているのを見てこの天かす生姜湯全部入りうどんに興味を持った。せっかくこんな所に迷い込んだのだから思い出作りに食べてもいいかなと思った。どうせゲテモノでも腹を満たせばいいのだし、とにかく電車が来るまでの間少しでも暖を取れればそれで良いのだ。私は天かす生姜醤油全部入りうどんを食べることにした。
「その天かす生姜醤油全部入りうどんってやつを下さい。オヤジさんの話を聞いていたらなんだか食べたくなってきましたよ」
爺さんは訝しげに私を見てわかりましたと返事をした。その爺さんを見て私は勢いで注文したことを少し後悔した。だが今更注文を取り下げるのもなんだし、まぁ旅の恥はかき捨てってやつだ。私は入り口にあった浄水器からコップに水を注ぎそのままうどんが出来上がるのを待った。
店内は異様に年季のありそうな作りで他の立ち食い店とは明らかに違っていた。まぁ、店員が爺さんだからそれなりに古くからやっているんだろうが、どうもそれだけではないように感じた。爺さんは鍋に厨房もなかなかに年季のありそうな作りで鍋なども何十年も前から使用しているのではないかと思われた。その容器の鈍い光はうどんを茹で続けた歳月を感じさせる。爺さんは鍋で湯を沸騰させている間、うどんを捏ねたりしていた。私は立ち食いの店にしてはかなり本格的な作業に感心した。しばらくして爺さんは沸騰した鍋の中にうどんを入れた。それが済むと爺さんはこちらを向いて話しかけてきた。
「お客さん、もしかして乗り間違いですか?」
まぁ、そうなのだがはいと正直に言うのは妙に気が引けるものがある。私はまぁと言葉を濁して言った。
「なんか皆さんよく間違われるんですよ。夕方頃にこっからホームで途方に暮れたように立っている人をよく見るんですよ。多分お客さんもあの駅で乗り間違えたと思うんですけどね。でも間違えてもしょうがないですよね。こんなローカル線が駅の真ん中走っているんですから」
「ああそうですね。私も気をつけてはいたんですが、気の緩みでついやってしまいました」
「なるほど。だけど昔はこっちが本線だったんですけどねぇ」
なるほどそれで列車の位置が変なのか。なんとなく理由は想像できる。まぁ地方にありがちな悲しい話だ。爺さんの話に私はなるほどと相槌を打って黙り込んだ。
「ところでお客さん、どこへお勤めで?」
「ああ、今年のはじめに出来た事務センターですよ。私は九月から働いています」
と、私が答えた瞬間、爺さんの顔が険しくなった。その爺さんの表情を見て私はしまったと慌てて口を閉じた。うちの会社がこの県に事務センターを建てた時、地元の住民と相当揉めて、その騒動はマスコミにも取り上げられている。この爺さんなど恐らく事務センターをよく思っていないだろう。しかし爺さんはしばらくしてからにこやかに微笑んでこう言った。
「今年出来たってことはあのガラス張りの正方形の建物ですか?実はあそこの施工にウチの息子も関わっているんですよ」
「あっ、そうなんですか」
「アイツは今東京の建築会社で偉い地位についてましてね。あの鼻垂れ小僧がねぇ」
爺さんの言葉に気まずさがとれて少しホッとした。だが、爺さんのふと見せた淋しそうな顔を見てあまり話にのるのはよくないと思った。私はそうですかと爺さんに笑みを浮かべて爺さんに相槌を打った。
しばらくすると爺さんが鍋の中から箸で麺を掬い出した。どうやらうどんが茹で上がったようだ。爺さんはざるに乗せた麺に水で洗いそして絞り始めた。全く職人的な丁寧な作業であった。それから爺さんは絞ったうどんを丼に移しその上からすでに温めていたつゆをかけた。全く見事な讃岐うどんであった。まさかこんな田舎の立ち食い店で本格的な讃岐うどんが食べられるとは。私は思わずカウンターから身を乗り出してうどんを受け取ろうとした。しかし爺さんはそのかけうどんの上に脇のボウルに入っている大量の天かすを丸ごと入れたのである。
ああ!なんて事をするのだと思った。私はかけうどんの美しさに見惚れるあまり自分が天かす生姜醤油全部いりうどんを注文したのを忘れてしまっていたのだ。爺さんはその天かすが富士の山ぐらい山盛りに入ったうどんにさらに大さじ一杯の生姜を落とし、さらにその上から五回まわしで醤油を思いっきりかけた。ああ、なんということだ。あれほど美しかったかけうどんが一瞬にしてボウフラが大量に溢れる汚物みたいなものになってしまうとは。
「はいお待ち。天かす生姜醤油全部入りうどんの出来上がりですよ」
私は自慢にも何にもなりはしないがかなりの悪食でどんなものでもわりかし食べられる方だ。東京の本社時代に部下たちと焼肉屋で飲み会をした時、一人コゲだらけのカルビを食べて部下たちに思いっきり引かれたことがあるぐらいだ。だがこのボウフラうどんはそんな私でさえ思わず嘔吐を催しそうなぐらいに醜悪な代物であった。
「これが天かす生姜醤油全部入りうどんなのですか?」
「そうですが……」
私は目の前に出されたボウフラうどんを見てどうしたもんかと悩んだ。閉店するところだったのにわざわざ開けてくれた爺さんのために食べるべきか。いや、下手に無理して食べたら催してかえって迷惑をかけるかもしれない。私は箸を手に食べるか食べざるべきかの究極の二択を迫られた。その私に爺さんが申し訳なさそうな顔でこう言った。
「やっぱり、よその方には合わないみたいですね。味には問題ありませんがいかんせん見た目がね」
私はそう言った爺さんの悲しげな顔を見てやはり食べる事に決めた。確かに爺さんの言う通り味自体には問題なさそうである。それは丼から漂ってくるうどんの麺とつゆの匂いでわかる。私は勇気を出して持っていた箸に力を込めてボウフラがこびりついたうどんを掴み、一気に口に入れた。
口に入れた瞬間今まで感じたことのない味覚が口の中に溢れた。これがうどんだというのであろうか。天かすは天女のように富士の山のてっぺんを舞うし、生姜は口の中で琥珀となって瑞々しさの刺激で私を爽やかに覚醒させる。そして醤油は丸で黒々しい五回転する龍のように私を古い立たせる。今まで食べていたうどんやらそばはなんだったのか。ラーメンやらスパゲッティやらはなんだったのか。いや今まで食べてきた全ての料理はなんだったのか。この天かす生姜醤油全部入りうどんに比べたら本当にボウフラ以下だ。まさかこんな僻地で地球で最高級の料理に出会えるなんて。私は歓喜のうちにこの史上最高のうどんを貪り食べた。
食べ切った後しばらく恍惚状態にいた。舌に触れると今さっき食べたうどんを思い出してあの味が思い出された。しかししばらく経つとどうにか収まってきたようで私は我に返って爺さんにご馳走様でしたと言って丼を差し出した。爺さんは心配そうな顔で大丈夫ですかと私に声をかけてきた。私はそれに対して興奮して答えた。
「いや、大丈夫もなにも、こんな美味しいうどん食べたの始めてで感激しましたよ。本当にご馳走様です!」
「よそのお客さんにそう褒めていただけるとありがたいですね。地元の連中は無作法なやつが多くて感謝の言葉ってのを知らんですからな。でもいつも寄って食べてくれるし、可愛い連中ですがね」
「この店はいつからやっておられるんですか?お店の作りからしてけっこう昔からやられているように感じるのですが」
興奮のあまり思わず店の事を尋ねてしまった。もううどんは食べてしまったのだし、閉店なのに無理矢理店を開けてもらっているのだからさっさと会計をして出てゆくべきなのだが、出された天かす生姜醤油全部入りうどんのあまりの美味に店を知りたいという思いが急激に込み上げて止まらなくなってしまったのだ。爺さんは嫌な顔一つせず、私の質問に答えてくれた。
「この店は明治の頃、この路線が出来た時にウチの初代が始めたんですよ。当時はこの路線の街は大変栄えておりましてね。この店も明治大正昭和の戦前まで大変繁盛していたんですよ。だけど戦後になってね。別の路線ができるとそっちが繁栄しちゃいましてね。それで今はこの有様ですよ」
古いとは思っていたがまさか明治の頃から営業していたとは思わなかった。そんな由緒ある店だったらマスコミなどにも取り上げられても良かろうに。地方の駅にはこの店のように古くからやっている店がたくさんあるだろうか?しかしこの路線の盛衰に関しては大体私の想像した通りであった。悲しい話だが非常にありがちな話である。私はやはりあの天かす生姜醤油全部入りうどんについて聞きたかった。あの世界最高級の食べ物がどうして生まれたのだろうか。
「あの、何度もお尋ねして申し訳ないのですが、あの天かす生姜醤油全部入りうどんはいつ作られたのですか?やっぱりこのうどんも明治の頃からあるんですか?」
「ハッハッハ、あのうどんはそんな昔から出しているものじゃありませんよ。初代と二代目が出していたうどんはごく普通のかけうどんとかです。それを初めて出したのが三代目つまり私の爺さんですな。爺さんは時たまここに子供らを連れてきてましてな。後継にある子供に自分のうどんを作る所を見せていたんですよ。その子供らの中にわんぱく坊主がいましてな、コイツが親父の作ったうどんを持っていくと言い出してオヤジが止めるのも聞かずに客にうどんの入った丼を持っていこうとしたんですよ。したらそのわんぱく坊主はこけてしまいましてその拍子にそばにあった山盛りの天かすと大さじ一杯の生姜と五回まわしで醤油をこぼしてしまったんです。店は大混乱で三代目は思いっきりわんぱく坊主を叱り飛ばしました。したら子供を憐れんでか注文した客がそれでいいからうどんを持ってこいと言ったんです。三代目は申し訳なさ一杯で客にうどんを渡したんですが、それを食べた客が上手い上手いと声をあげて食べ出したんですよ。三代目は客が興奮状態で食べているのにびっくりして店を閉めてから家で同じようにうどんを作って家族で食べたわけです。したらみんな客と同じように上手い上手いと食べ出してそれから味を多少改良してからメニューに取り入れたわけです。そのわんぱく坊主ってのが後に四代目になる私の父でしてね。私の知ってる父は非常に頑固者でしてね。この話を始めて聞いた時びっくりしましたよ」
「ほう、天かす生姜醤油全部入りうどんがそんなきっかけで生まれるとは驚きです。発明ってひょんな事から生まれるって本当の話なんですね」
「発明とは大袈裟な。でもこんなもの地元の人間しか食べないですよ。たまによそから来る人ももの好きで天かす生姜醤油全部入りうどんを注文するんですが、みんな箸さえ手につけないで店を出てゆくんです。まぁ、それでも地元の連中が食べたがるからこうしてメニューに入れているんですが、だけどそれももう少しで終わりですよ。まぁ、あなたのような奇特な方は別ですが」
終わりと聞いて私は驚いた。たしかに年を取っているが、あの厨房でのキビキビとした動きを見るととても引退するほど衰えてはいないように思える。私は爺さんに引退なされるのかと聞いた。すると爺さんはいやと首を振って寂しそうな顔で言った。
「私じゃなくてこの路線自体が近々廃線になるんですよ。明治の頃からずっとやってきましたが、路線自体が終了してしまうんだから下がありません。あの、お客さん、駅とかに廃線の知らせの張り紙見かけませんでしたか?」
張り紙など見かけた事などなかった。思い返せば確かに張り紙らしきものはあったかもしれないが、気にも留めていなかった。ではじきに天かす生姜醤油全部入りうどんは食べられなくなるのか。こんな美味しいものに出会えたのに。私はこの店を閉めたらどうするのか、もううどん屋はやらないのかと尋ねた。
「やろうにも今更代わりの土地なんて見つからないだろうし、年でもあるしもうおとなしく引退しますよ。引退したら東京の息子のところに身を寄せるつもりです。アイツはずっと前からうどん屋なんてさっさと閉めて東京に来いなんて言ってるんですよ。全く昔はあんだけ天かす生姜醤油全部入りうどん食べていたのに、東京に行ってから急に都会風なんか吹かしだして急に天かす生姜醤油全部入りうどんを忌み嫌うようになっていつまでそんなボウフラみたいな代物作っているつもりなんだって悪口言うんですからな。まぁ酷い息子ですよ。でもやつなりに私を思っているのはわかるんですが……」
私はごくありがちな現実を見せつけられて気が重くなった。物事に始まりがあれば終わりがある。だがそれをこうして聞かされるとやはり辛くなる。せっかくこんな美味しいうどんに出会えたのにどうしてすぐに食べられなくなるのか。しかし爺さんはにっこりと笑い続けて言った。
「だけどね、私はこの路線が廃線になるまでお店は続けますよ。駅長さんにもそうしてくれって頼み込まれているし、なにより毎日食べにきてくれる地元のためにね。あの私この店は地元の常連客の最後の一人が来るまで開けているんですよ。たまにそいつが閉店時間過ぎに来る事もあるんですがね。そういう時連中は申し訳なさそうな顔でおやっさん店開いているかいなんて言って勝手に店に入ってくるんです。今日は常連客は全員捌けたから店を閉めようとしたんですが、お客さんがきてしまいましたんでね」
「それは申し訳ない」
「いえいえいいんですよ。こちらこそ延々と長話をして申し訳ありませんです」
「いや、それも私がいろいろとお尋ねしたせいで」
「ハッハッハ、両方とも謝っていたらいつまで経っても埒が明かない。あっ、もう電車が来てますよ。ここは停車時間短いから乗り逃すとどこかで野宿しなきゃいけなくなりますよ」
確かに店の外から電車の振動が鳴り響いていた。ライトの灯りも見えた。私は会計を済ませると挨拶もそこそこにホームへと出た。外に出た途端先程よりずっと冷たい風が吹きつけてきた。私は店の方を振り返って爺さんを見た。爺さんはホームにいる私に向かって深々と頭を下げていた。私も同じように頭を下げ、そして電車が駅で止まると急いで乗った。
電車の席で私は爺さんに再訪すると伝え忘れていた事を悔やんだ。だが、だがそんなことはまた行けばどうでもよくなり事だ。私は改めて自分に誓った。また天かす生姜醤油全部入りうどんを食べにこの駅に来るぞと。