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【物語】休日は花になる

今日は花の金曜日。
2ヶ月前にこの会社に入ったばかりの俺は、デスクの上に散らばった書類を整理しながら、待ちに待った休日の予定を考えていた。

いつものところに行こうか。
いやこの前調べたあそこに、、

デスクを整理整頓していたら、腰が痛くなってきた。

1度大きく伸びをする。1週間の間、1日6,7時間ほどパソコンに向かっていた体はバキバキと悲鳴を上げた。上を向くと首がつりそうなくらい痛い。
真っ白な天井と蛍光灯を見て、明日の予定を決めた。

明日は、光合成しにいこう。
俺は、花になる。


翌朝、俺は白いTシャツにジーンズ、財布やスマホなど最低限の荷物をもって自慢の軽自動車に乗り込んだ。

今日は行ったことがない花畑に行くことにした。
調べたところ、車で40分くらい行ったところにネモフィラの花畑があるそうだ。近くに海があるらしい。午前中は海を見て、午後にゆっくり花畑に行こう。

雲一つない春の青空の中、俺は車を走らせた。

社会人になって最初の春だ。
地元で有名な桜並木を軽自動車で通り抜ける。

上は雲のような満開の桜。
辺りには桜の花びらが風に遊ばれている。花吹雪が目の前をよぎった。
ふわりとあたりを漂ったあと、花びらは道路に桜の模様を付けた。

車の中でお気に入りのジャズを聴きながら、桜を満喫する。

仕事には慣れない。
毎日新しいことを覚えなきゃいけないし、
言われてないことも察して動かなきゃいけない。
正直、疲れていた。

ただ、そうやって自分で生活できるからこそ、自分が好きなところに行ける。今日みたいに。そう思うと、大人になった自分が誇らしい。

美しい桜並木を見て、俺は社会人の自由を感じた。

桜のトンネルをあとにして、海を目指す。
まだ海水浴場はオープンしていない。そのため、釣り場になっている防波堤を目指した。近くにある駐車場に車を停めて、海に向かって歩いた。一歩進むたび、波の音が大きくなっていく。

視界が開けた。

ウミネコの鳴き声と潮の香りを感じる。
コンクリートが途切れて、海が見える。
太陽の日差しに照らされた海は、金銀の紙吹雪が撒かれたようにちかちかと輝いている。眩しくて目を細めた。

潮風が心地いい。
少し海の湿り気を帯びた風は、俺を通りぬけていった。
深呼吸すると、近くの釣り人が釣った魚のにおいを感じる。

海を、全身で感じた。

海を見ていたら、釣り人の中に1人の女性が視界に入った。
釣りに来るにはちょっとおしゃれすぎる桜色のワンピースに白いカーディガン、肩より長い髪は、潮風に吹かれて揺らめいている。

近くには、釣りに夢中な、彼氏であろう男性が見えた。
女性は男性の後ろでつまらなそうにスマホをいじっている。

時折女性は男性の方を見る。
しかし、男性は海から目をそらさない。


これは、デートしに来て彼氏が釣りに夢中になったパターンだな?


俺が勝手に邪推していると、女性が立ち上がってこちらに来た。じろじろ見ていたことがばれたか、とひやひやした俺は身を固くする。しかし、女性は俺に目もくれず海と反対方向に歩いて行った。


彼氏はずっと、釣りに夢中だった。



昼食は近くの市場でお刺身定食を食べた。近くでとれるかつおさわらたいは絶品だった。俺の食いっぷりを気に入ったお店の店長が、他の客には内緒だと言ってあじのなめろうをくれた。
新鮮な魚でしかできないなめろうは、ショウガと味噌が魚の臭みを消し、鯵のうまみを引き立ててくれた。俺はご飯を3杯もお代わりした。

そして、海沿いの道を進んで5分。目的地にたどり着いた。


海風香る港の近くに、青い花の海があった。


丘いっぱいに咲く青いネモフィラの花。
小さな花が集まって地上を青に染める姿は、圧巻だった。
風に揺れる青の花弁は、さっき海で見た波のようで、優雅で穏やかだ。

俺は観光客に混ざって写真を数枚とりつつ、周囲を見渡した。咲き誇るネモフィラの中央に1本の木が見えた。少し陰になっていて、観光客からは見えにくい。俺は木陰に身をひそめて、急いで写真に写っていたネモフィラをじっくり見る。

5枚の花弁はくっついていて、中心は白。
花の咲きのほうが晴れ空のように青い。
じっくり観察した後、木から少し離れた場所で俺はしゃがんだ。


そして、ネモフィラの花になった。


俺は、小さい頃から花になれた。
なぜできるのかはわからない。
ただ、1日に1回だけ花になれる。
花になるだけだから、生活に支障もないし便利でもない。

けど、俺は花になってのんびりするこの時間が好きだ。

大勢のネモフィラの中の1輪になった俺は、春らしい空と空を映したように咲くネモフィラに囲まれて、疲れた体を癒すように日を浴びた。

俺が選んだこの場所は、有料エリア。だから人は少ない。
しかし、有料エリアは「花摘み」を許可している場所だ。
摘まれることは承知の上。摘まれても人に戻るだけだ。
俺はそれでもいいかと思ってこのエリアを選んだ。

和やかな春の陽気が落ちてくる。

ぱたぱたと蝶が俺のもとにやってくる。
そして、頭に?を浮かべながら飛び去って行く。

すまん、俺本当は人間だから、蜜がないんだ。

たまにやってくる蝶や蜂を騙しているようで、申し訳ない気持ちになる。


ああ、海風が心地いい。
俺はたくさんの仲間とともに風に揺られていた。

日を浴びていくと、疲れた体が癒されていく。
ポカポカと温められている体は、リラックスモードだ。

穏やかさに身を包まれる。


のんびりと人の声に耳を傾けながら日光浴していたら、つかつかと怒っているような足音が聞こえた。そして、俺の前に日影ができた。

その日影の正体は、先程海で見た女性だった。

うつむく彼女の顔は、きっと俺にしか見えていないだろう。

桜色のワンピースに白いカーディガンを羽織った彼女の眼には、透明な雫が溜まっていた。決壊寸前の波が、ゆらゆら揺れている。眉間にしわが寄っていた。

悔しくて、怒っていて、寂しい顔だ。

彼女はしゃがみ込むと、俺をがしっと掴んだ。
摘まれるなと思った。

摘まれることはある。
花になりすましていると、綺麗だといって摘んでいく人がいるのだ。

俺は摘まれると、そこから少し離れた場所に「人の姿」で戻っている。
「摘まれた花の俺」は摘まれた人の手に渡る。

きっと、摘まれた時点で花になった俺は死ぬのだろう。
そして、本体である俺に戻る。

小さな死。
痛みも実感もない小さな小さな死だ。
だから、俺は摘まれても「今日は終わりかー。」としか思わない。

しかし、彼女の顔を見た時に思った。
彼女に今の気持ちのまま花を摘ませてはいけない、と。

いらいらする。
むしゃくしゃする。
そんな気持ちのまま、生き物の命を奪ってはいけない。


笑顔で、摘んでほしい。
せっかく咲いうまれたんだから。
せっかく、生きているのだから。


海の風が強く吹いた。
風が、決壊寸前だった彼女の涙を一滴さらった。
涙をさらわれた女性は、彼女は俺をつかんだまま止まった。

そして、ぽたぽたと小さな雫が俺に降ってきた。
そのまま、彼女は声も立てずにしばらく泣いた。
人気がない場所に、彼女の小さな泣き声が響いた。

ネモフィラは優しく揺れる。

その姿は、
彼女の背中をさすっているようでもあり、
何にも知らないようでもあった。





しばらく泣いたあと、彼女は俺から手を放した。
そして、小さくいった。

「彼氏に見せてやりたいの。摘ませて。」

彼女は困ったような、申し訳ないような顔で俺を見た。
俺は、いいよという代わりに、風に揺れるふりをして頷いた。






ぷつっと音がして、「人間の俺」が目を覚ました。
そこは、花畑の入り口だった。

今日はここまでかな。

花になった時の心地よさを思い出していたら、先程俺を摘んだ女性とすれ違った。その女性は、ネモフィラの花を1輪、両手で持っていた。
ほんの少し目元が赤いその女性は、小さく笑みを浮かべながら花畑から立ち去った。

今日は花として生まれてよかったなあ、と思った。
さて、明日からも仕事、頑張りますか!!!




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