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【エッセイ】いつか還るあなたのために

自分にとって見ることも読むことも書くことも本当は必要ないのだと知った瞬間はとても恐ろしかった。それなのに、今も性懲りもなく見たり、読んだり、書いたりしている。

いつも感動には別の誰かのために泣いているという感じが尾を引いている。それだけにいっそう綺麗に感じられてくるのだろう。けれどもその誰かはどこにもいないので、そのことがわかりすぎてしまうので、いっそう感情は強まってゆく。あてがないからこそさらにあざやかになろうとする。

どんな感情も、私以外のなにかのためのものだ。私ではないなにかが自分の中でうごめくのを感じるとき、それを感情と呼んでいる。

喜びに居合わせても、哀しみに遭遇しても、場違いだという気がしてる。君たちが会いたかったのはぼくじゃない。いつのまにかぼくも彼らといっしょになって、その誰かと会いたがっている。

いつか帰るかもしれないあなたのために、この場所をまもりつづけている。私が信じきれなくとも、心をよぎる喜びや哀しみや思いが信じ続けている。性懲りもないと呆れたくなるほど、自分自身で信じたくもなるのだった。

あなたが帰ってきたときのことを思うと不安になる。きっと見ることも、読むことも、書くことも、私を必要としなくなるだろうから。それを予感する瞬間には、恐いはずなのに。

あの子だけはあなたがいないことに気づいていない。だからといって、あなたのふりをする私は許されていいのか。そう考えたとき哀しみが泣いた。あの子のためだけを考えたいと思った。

あなたのかわりに抱きしめて得たぬくもりを、しっかりと感じとめる。いつかあなたにそのままで返せるように。あなたの顔を私は知らない。声もにおいも知らない。感じたことのすべてであなたを思い描こうとしても、それはあなたのすべてじゃない。嘘をつきたいわけじゃない。だけどどうしたって私は私だ。

私がいるというただそれだけで、なにもかも一変してしまうのだとしても、私を含めて、そうやって変わりつづけるすべてが、あなたを待ち焦がれていることだけはたしかだろう。たしかにあなたのためだった。たとえあなたが帰ってくることがなくても、あなたのためだった。

せめて、あなたを待ちつづけたことの証でありたかったのだ。


読んでくれて、ありがとう。

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