どら焼きパンケーキ中佐

ナツオ班長だいすき🔧 どら焼きパンケーキ中佐です! コトブキ飛行隊から歴史などが好きです! よろしくお願いします!

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マガジン

  • 【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】27編

    27人の戦国武将の死に様を独白テイストで綴りました。

  • 【厳選!この武将が歴史の分岐点ランキング】

    私、どら焼きパンケーキ中佐による独断と偏見によって戦国武将の歴史の分岐点ランキングをしました!

最近の記事

【ナツオ班長とおおきなどら焼き】

【ナツオ班長とおおきなどら焼き】 ナツオ班長とおおきなどら焼きの出会いの物語 これは、ナツオ班長が煎餅ばかり食べていた時に【マミ屋】の、おおきなどら焼きと出逢うお話。     ナツオ班長は、羽衣丸という飛行船で隼などの戦闘機を整備してあげる、飛行隊の戦闘機達のお医者さんみたいな人です。     ナツオ班長は、ユーハング由来の緑茶と煎餅が大好きです。     ナツオ「うむ。世間はめりぃくりすますとかいうワケのわからんイベントの時期らしいが、さんたくろうすと

    • 【#新私とちびシノちゃんの生活】

      【#新私とちびシノちゃんの生活】① 第一話《\ワタシチビシノチャン!ポンコツッジャナイッ!/》 私はアコと言います! 最近はお母さんも留守がちになりました。 ある日、私は道で行き倒れ寸前の可愛い妖精さん《?》を見つけました……!! 「大変だ~‼」 私は慌てながら妖精さんの手当てをしました。 ~それから数日後~ 「私ちびシノちゃん!!ポンコツジャナイッ!」 「私何も言ってないのにな…((ボソッ…」 「あなたは誰㌨!!」 「私はアコ♪よろしく

      • ちびシノちゃんシリーズ

        • 【#新説ソアラ様っ】①

          【#新説ソアラ様】①   【#新説ソアラ様】① 《私はシアラの妹のソアラと申します》   ~シアラ組飛行場~ 「シアラ様の震電がご帰還だ……シアラ様をしっかりお迎えするように……!!」 シアラ組の副官のヴィトさんが組員に檄を飛ばしています。 「あぁっシアラ様……!!早く、早くこのヴィトをその綺麗で艶めかしい御御足でお踏みください……!!」 ヴィトさんは、結構なM気質の癖がおありのようですね…… 「ふぅ~震電は雷電と違って居住性は絶望的だわ……」 シアラ様

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        • 【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】27編
          26本
        • 【厳選!この武将が歴史の分岐点ランキング】
          2本

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          【Blue sky Cinderella】

          【Blue sky Cinderella】 Lyrics by どら焼きパンケーキ中佐 Take off! 天翔る銀翼の鷹 天気良好 視界良好 今日もスクランブルエッグを食べる間もなく scramble発進 Blue sky Cinderella 君の愛機は私のtarget ゴメン 墜ちて 私の糧に Blue sky Cinderella いつか出会えるはず 私の王子様 だから私は墜ちない!(^_^ゞ All ready! 雲を切り裂く銀翼の鷹

          【厳選!この武将が歴史の分岐点ランキング】弐位 武田信繁

          厳選!この武将が歴史の分岐点ランキング2位【武田信繁】 弐位 『武田信繁』 武田信玄の実の弟にして家中随一の副将。 武田四天王の一人が「真の副将とは典厩信繁をおいて他無し」 と称えたほどである。 武田信繁は第四次川中島合戦で本陣を守り討死するが、もし存命ならばどうだったであろうか? まず、信玄の嫡男・義信との仲の取り持ち的調整役が挙げられるだろう。 武田義信が家督を継ぎあるべき形で権力の継承が出来たのではないか? 義信が死亡した場合、もう一つの可能性が信玄亡

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          【厳選!この武将が歴史の分岐点ランキング】1位 豊臣秀長

          厳選!この武将が歴史の分岐点ランキング どら焼きパンケーキ中佐 厳選!この武将が歴史の分岐点ランキング1位【豊臣秀長】 ※個人の見解です。実際の武将などの史実・能力に確たる可能性を見出せるとは限りません。 壱位 『豊臣秀長』 言わずと知れた豊臣政権№2にして秀吉に物申せる絶対唯一の存在。 「内々の議は宗易(千利休)、公の議は宰相(豊臣秀長)」 と言う言葉が残るほど彼の存在は大きかった。 豊後の大名『大友宗麟』は国元への書状に、 「この人こそ無二の人と存ずる

          【厳選!この武将が歴史の分岐点ランキング】1位 豊臣秀長

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】27安国寺恵瓊

          列伝其の二十七『安国寺恵瓊<アンコクジエケイ>』 (1600年)関ヶ原合戦が行われた。儂のついた西軍が敗れあえなく儂は捕縛された。  かつて織田信長の凋落を見抜いた儂の慧眼は機能しなくなっていたようだ。  六条河原まで引き回された三成殿、行長殿そして儂の三人はここで斬首されることとなった。 「何か言い残すことはあるか?」 「吉川広家<キッカワヒロイエ>さえいなければこの地で首を刎ねられしはお主らの方であっただろう。」  と、言ってやった。 斬 『安国寺恵瓊』刑死

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】27安国寺恵瓊

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】26山縣昌景

          列伝其の二十六『山縣昌景<ヤマガタマサカゲ>』 (1575年)設楽ヶ原に於いて勝頼様は織田・徳川連合軍との戦に及んだ。三方ヶ原で徳川家康に痛打を与えた武田の精鋭部隊が織田の究極の鉄砲戦術の前に散々に打ち負かされた。 「勝頼様。このままではいたずらに兵を失い将も失いまする。撤退のご決断を。」  儂は恥を忍んで進言した。が、勝頼様の言葉は余りにも酷いものだった。 「どうした山縣?百戦錬磨のお主でも命が惜しいか?」 「さればわが命使います故、潔く撤退なさりませ。最後のご奉公に

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】26山縣昌景

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】25穴山梅雪

          列伝其の二十五『穴山梅雪<アナヤマバイセツ>』  儂は武田家を裏切り織田方へついて生き延びる道を選んだ。勝頼に仕えて共に滅びる気など毛頭なかった。 (1582年)遂に甲斐武田家は名実ともに滅亡した。  そして同じ年に更なる激震が起こる。自らを第六天魔王とまで称した織田信長が本能寺にて明智光秀に弑逆され命を落としたのである。  上方から儂は這う這うの体で国元に向けて逃げ出した。しかし、誰かの息を帯びた刺客に狙われた。こうなることまで見通せなんだ。無念じゃ。 『穴山梅雪』討

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】25穴山梅雪

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】24織田信忠

          列伝其の二十四『織田信忠<オダノブタダ>』 (1582年)本能寺が急襲されたと報せが入った。明智光秀めが謀反を起こしおったのだ。愚か者めが!急ぎ本能寺に救援に向かう! と息巻いたが多勢に無勢、三度押し返したが耐え切れなくなり二条城に逃げ延びたが、もう選択肢は残されていなかった。わが父・信長の野望は私・信忠の多忙を生むことになっていたであろう。後世なんと言われようがここが死に時なのだろう。覚悟を決めた私は腹を切った。 斬                         

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】24織田信忠

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】23明智光秀

          列伝其の二十三『明智光秀<アケチミツヒデ>』 (1582年)本能寺の朝は静けさと共に訪れた。上様(織田信長)いや今これから襲おうとする人物との主従関係など関係ない。 「敵はこの本能寺にあり!かかれっ!」 明智の桔梗紋の旗がたなびく中、信長の首を探し回りはしたものの、結局のところ肝心要である、この日の本の国に許されざる存在として脅威の象徴である織田信長の首は結局のところ見つからなかった。 「ふっ、むしろそれが良いであろう。我が戦はこれまでよ。」  その後、羽柴秀吉と戦い敗れ

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】23明智光秀

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】22飯富虎昌

          列伝其の二十二『飯富虎昌<オブトラマサ>』  もはや若(武田義信)とお屋形様(武田信玄)の双方のすれ違いの溝は修復不能なまでに悪化している。  今川を攻めたいお屋形様と今川から輿入れした正室を持つ若とでは、根本的な部分で相いれないのだ。利を優先するか義を持って生きるか。突き詰めればそこなのだ。  しかし、とうとう若は謀反の決断をされた、傅役として儂はこの若の為に死なねばならない。 「飯富兵部<オブヒョウブ>(虎昌のこと)もはや父上とはわかりあうことなどできぬ。お主はつ

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】22飯富虎昌

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】21小山田信茂

          列伝其の二十一『小山田信茂<オヤマダノブシゲ>』 (1582年)儂は勝頼さまを裏切り織田方についた。程なくして天目山・田野に於いて勝頼様・信勝様ら主従が自害・討死された。  その後、恩賞を与えると織田信忠様より呼び出しを受けた私に待っていたのはろくでもない話であった。 「皆の者、見よ。この者が稀代の裏切りの不忠者じゃ。見苦しい、即刻首を刎ねよ!」 斬 『小山田信茂』刑死

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          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】⑳甘利虎泰

          列伝其の二十『甘利虎泰<アマリトラヤス>』 (1548年)儂(甘利虎泰)と板垣信方はまだ若いこれからの時代の武田家をお守りすべく捨て石となりて散る覚悟を決めた。 「板垣、これが今生の別れじゃな。」 「なぁに甘利、冥土ですぐ会うではないか。」 「左様じゃな。それではお互い最期の槍働きじゃな。」  儂は乱戦の中遮二無二槍で敵を突き、払い、叩きながら乱戦に身を投じた。 『甘利虎泰』討死

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】⑳甘利虎泰

          【戦国武将討死列伝(自害・刑死アリ)】⑲板垣信方

          列伝其の十九『板垣信方<イタガキノブカタ>』 (1548年)お屋形様(武田晴信のちの信玄)は焦っておられる。村上義清風情に何故かように押され武田が守勢に回り敗色濃厚であることがだ。将の器とはいえまだお若いのだ。  しかし、お屋形様を擁立し信虎さまを追放することに加担したのは他でもない我等だ。  武田の両識と称された儂も甘利も年を取り過ぎた。  ここで、お屋形様をお救いして死のう。 「我こそは、武田家にその人ありと称される板垣信方!名のある者はかかって来い!」 『板垣信

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