大人の恋
ドラマや漫画で、よく「大人の恋愛ドラマ」とか、「アラサーの恋」とか、取り上げられるけど、遠い話だと思っていた。
でも、私も30歳。
今年に入り、お付き合いを始めた彼がいる。
そして、もちろん恋人として、付き合っているのだが、
この、いわゆる「大人の恋」をしてるかも、と思う瞬間が多くなってきた。
では、大人の恋は、若い頃と何が決定的に違うか。
その答えは、"経験したことの多さ"とその"秘密"だろう。
それに尽きる。
恋に堕ちる数も、生きていれば増えていく。
恋に堕ちれば堕ちるほど、人を好きになる喜びも、傷も増えていく。
恋人との、胸の奥が痛くなるような
きゅんとする思い出や景色、訪れた場所は増えていくだろうし、匂いや、肌を寄せ合うその瞬間、目の前の人ではなく、別の人が頭によぎる瞬間がきっとある。
オトナは、思い出が増えていくのだ。
上手くいかなかった恋ですら、
思い出になると、自分にとって、なくてはならないかけがえのない記憶になり、経験になる。
その、経験や思い出が、今目の前にいるあなたを
ひいては、あなたを見つめている私自身を、縁取っている。
そのことを、分かっているから。
分かっているからこそ、踏み込めないことがある。
あなたが訪れたことのある場所は、
誰と初めて行ったのだろう。
あなたがいつも買ってきてくれる
プレゼントは、誰が好きだったものなのだろう。
あなたが喜んで食べるオムライスを
今まで何人の子が作ってきたのだろう。
そんな、気持ちの悪いことをたまに考える。
そして、私の知らない彼の、初めてや、記憶の一部、今まで彼の人生を彩ってきた私ではない、大切な人を勝手に考えては、切なくなる。
過去は誰のためでもない、あなたのもの。
手に入らないからこそ、強く惹かれる。
そして、私にも、彼に言えない。
私だけの密やかな秘密がある。
記憶という名の秘密。
初めてできた彼と訪れた、夜の闇にゆらゆらと揺れる桜のピンクの記憶。
生ぬるい風に吹かれながら、夕暮れの中、隣にいるあなたの体温を感じた記憶。
いつも私のことをまっすぐ見てくれて、辛い時に手を差し伸べてくれた、かけがえのない人。
彼には言えない。話してもいいが、全て語りきれない私だけの大切な記憶たち。
それが、今の私を作っている。
それをお互いに分かっているから、切なくなる時がある。
一緒にいるのに、寂しくなる時がある。
結局は、一人なんだなと知る瞬間。
今日も、そんな切なさを体の一部に抱えながら、あなたの手を握る。
今、あるあなたの温もりや、この手の力強さ、そして私に向かって放たれる言葉、一つ一つが
私だけのものであるように。そう信じるしかないように。
この瞬間を味わう。
お互いに、秘密を甘受して。
それが、大人の恋だと知ったこの頃。