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バッハが語る、《高き天より我は来たれり》

Note上で展開する、架空のラジオ番組《クラシック・エトセトラ》。
この番組では、毎回異なる音楽家がパーソナリティーを務め、
自身のお気に入りの曲と、その曲にまつわるエピソードを語っていきます。今回は《クラシック・エトセトラ》の放送50回記念として、
とうとう作曲家のヨハン・セバスティアン・バッハさんをお迎えしています!

(お話は史実に基づき構成しています)


こんにちは、ヨハン・セバスティアン・バッハです。
放送50回、おめでとうございます。
この番組では、これまでにも私の作品を取り上げてくださっていますよね。
今回、ようやく私自身を迎えていただき(笑)、嬉しく思っています。

今日は、お祝いの回ということもありますので、
晴れやかな機会に相応しい作品《高き天より我は来たれり》BWV769 
紹介したいと思います。

この曲は、宗教改革を行なったマルティン・ルターのコラールに基づく作品です。
コラールって言葉は、みなさん聞いたことはありますか。
この言葉の起源そのものは、グレゴリオ聖歌まで辿ることができますが、
今日では、主にプロテスタントの教派の一つ、
ルター派で歌われる讃美歌のことを指す言葉として使われます。
マルティン・ルターは、宗教改革で音楽的にも
幾つかの重要なことを行なっていますが、
その一つに「コラールを確立したこと」があげられます。
教会歌をラテン語ではなくドイツ語で、かつ平易な旋律で歌うことで、
誰もが礼拝に参加し、信仰心を育みやすくしたのです。

マルティン・ルター(1483−1546)
ルーカス・クラナッハ画(1529)


私自身は生まれながらにして敬虔なルター派の信者です。
これまでに各地を転々として働いていますが、
子供たちへの教育的な意味も含めて、
必ずルター派の土地を選び、暮らしてきました。
ですからルター派の音楽は、私と家族の人生の中にいつも流れているわけです。

バッハとその息子たち


ルター派のコラールはさまざまな人が作っていますが、
その中にはルター作のものが40曲ほどあります。
私も長く教会音楽家をしてきましたので、
コラールを使って作曲した作品は、
オルガンでは200曲以上、声楽では350曲を超えています。
すごい数でしょう。
その中でもルター作のコラールは、
やはりお気に入りのコラールですので
全部コンプリートしたいところですが・・・
どうでしょう、それでもルター作品の8割ほどは使っているかな。

バッハが1723年からカントルを務めたライプツィヒのトーマス教会の1735年の絵


今日ご紹介する
《高き天より我は来たれり Vom Himmel hoch, da komm ich her
ルター作のコラールの中でも
私がよく使うコラールの一つで、
一年で最も重要なキリストの生誕を祝う期間、
つまりクリスマスのお祝いのためにルターが作ったコラールになります。


このコラールを私は、《マニフィカト》243aとか
《クリスマス・オラトリオ》248/9とか
いくつかのコラール前奏曲 BWV606、700、701、738
などで使っていますが、
(コラール前奏曲とは、もともと礼拝で会衆がコラールを歌う前に、
みんな覚えてる?こんな旋律だよ、思い出してね、
とオルガン奏者が演奏する曲です)


今日ご紹介したいのは、このコラールを使った
カノン風変奏曲BWV769です。

カノン風変奏曲BWV769の表紙


この作品、実は私自身にとっても別の意味でお祝いの作品なのです。
というのも、1747年にライプツィヒの権威ある音楽協会に入会する際に、
入会の印として協会に提出した作品なんですよ。

1748年のヨハン・セバスティアン・バッハ(1685−1750)
エリアス・ゴットロープ・ハウスマンによる油絵。


おそらく皆さんも見たことがおありでしょう、この私の肖像画!
も、この作品と一緒に協会に提出したものなんですよ。

そしてなんと、いただいた私の会員番号は奇跡の14

これは、まさしく私の数字
(B+A+C+H=2+1+3+8=14)
です。

それも重ねて嬉しくて、金ボタンが14個付いた服で
この絵を書いてもらったのですよ。照

1567年発刊「福音讃美歌集」に掲載されたマルティン・ルターの讃美歌
《高き天より我は来たれり》(1534年作曲)。
このコラールは、バッハ以外にも多くの作曲家に好まれた音楽史上で非常に人気の高いコラール。
バロック期には、パッヘルベルやバッハの好敵手マッテゾンなど多くの作曲家、
また19世紀以降にもメンデルスゾーンや妹のファニー、
オットー・ニコライやマックス・レーガーらも用いた。
またバッハのこのカノン風変奏曲BWV769には、後にストラヴィンスキーが見事な編曲を施している。



「ルターがすでにコラールを作っているのに、バッハは一体何をするの?」
とお思いの方が、きっと何処かいらっしゃるでしょうか。

ルターのコラールは、上の写真のように、
モノフォニー(単旋律)と歌詞だけなのです。
ですから、これに他の声部(アルトやテノールやバス)を加えたり、
対旋律を加えたり、
和声と言われる音楽の色をつけたり、
あるいは、旋律自体を装飾したり。
まあ、コラールという素材をつかって、どう料理するかというのが
われわれ作曲家としての腕の見せ所なのですよ。
とくに、このコラールのようによく知られた素材であるほど、
名人としての腕が試されることになるわけです。


このカノン風変奏曲BWV769は、
コラール《高き天より我は来たれり》を基にした5つの変奏曲です。
同時期に書いた《ゴルドベルク変奏曲》
共通する作曲技法も多く、
音楽協会へ自信を持って提出した作品です。
詳しい音楽についてはまた別の機会にでもお話ししたいです。


いずれにせよ、ルターがクリスマスのお祝いのために書いた
コラールですから、
平和に満ちた温かい気持ちに溢れていますし、
私にとっても、これまでの人生を振り返りつつ
とても幸福な気持ちで書いた作品です。
番組50回記念に、この作品をご紹介できることを嬉しく思います。

それでは、《高き天より我は来たれり Vom Himmel hoch, da komm ich her》によるカノン風変奏曲 BWV769
をお聴きください。
ベルナルド・ヴィンセミウス(オルガン)/オランダバッハ協会による演奏です。


Note上で展開する、架空のラジオ番組《クラシック・エトセトラ》。
いかがでしたか。
番組は、ほぼ日更新。名曲の目から鱗のエピソードが語られています。
皆さんのフォローを、ぜひぜひお待ちしています!




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夏目ムル
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