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ワーグナーが語る、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》

Note上で展開する、架空のラジオ番組《クラシック・エトセトラ》。
この番組では、毎回異なる音楽家がパーソナリティーを務め、
自身のお気に入りの曲と、その曲にまつわるエピソードを語っていきます。
今日の担当は、作曲家のリヒャルト・ワーグナーさんです。

(お話は史実に基づき構成しています)


こんにちは、リヒャルト・ワーグナーです。
今はバイロイトに住んで音楽活動をしています。

1871年のリヒャルト・ワーグナー(1813-1883)

今日は、私が1867年に完成させた楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』から、面白い話をしようと思ってやってきました。


私の作品を紹介する前に、
まずは一人の男について、皆さんに語らねばなりません。
彼の名は、エドゥアルト・ハンスリック。
私が彼と出会ったのは、私が30代後半、彼が20歳の学生だった時です。

エドゥアルト・ハンスリック(1825−1904)

出会った頃から、頭の良い男でした。
司祭の家に生まれたとかで、
ピアノや作曲も専門的に学んだらしく、音楽の素養はかなりありました。
若かった彼は本当に純粋で、僕の音楽に、いたく感銘を受けていましたよ。

その後、プラハ大学で法律の博士号を取ったらしいけれど、
知らないうちに『音楽の美しさについて Vom Musikalisch-Schönen』
っていうベストセラー本を出したり、新聞や雑誌で、
音楽評を書き始めたんだ。
そのうちウィーン大学でも美学と音楽史を教え始めて、
ドイツ語圏で初めての音楽学者になったっていう男だよ。


で、なぜこの男の話をするかっていうと、
このハンスリック
あるとき突然に、私の音楽を批判し始めてね。
それはもうひどい言い方で。

ワーグナーとハンスリック、オットー・ベーラーによる影絵


私やブルックナー、マーラー、ヴォルフなんかを徹底的に批判して、
一方で、ベートーヴェンやシューマン、ブラームスなんかを持ち上げる。

ブラームスの墓参りをするハンスリック、雑誌「フィガロ」1890年の挿絵より


ああ、私を崇拝しているチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲なんかは、

(das Werk)bringt uns zum erstenmal auf die schauerliche Idee, ob es nicht auch Musikstücke geben könne, die man stinken hört
(この作品は)悪臭を放つ音楽が存在しないのかどうかという恐ろしい考えを初めて与えてくれる

ハンスリック:「過去15年間のコンサート、作曲家、名手、1870−1885」より抜粋  訳;夏目ムル


って言われていたよ。

まあ、作品が話題になったり批評の対象になるのは
私たち作曲家にとっては付き物。
そして誰にだって好き嫌いはある。
でも批判する場合も、彼のような影響力を持った人こそ
節度がね・・・

それで、私は彼を懲らしめる素晴らしい方法を考えたんだ 笑
そう、作品に彼を登場させること。
こういうこと、私に限らず作曲家はよくやりますよ。


そんなことで、彼を登場させたのが今回紹介する
『ニュルンベルクのマイスタージンガー』なのです。
ハンスリックの役には、
マイスタージンガーの一人で
ジクストゥス・ベックメッサーっていう名前の
市の書記官を充てたんだ。
普通マイスタージンガーっていうと職人の親方なんだけれど、
生真面目な書記官ってところが、ハンスリックらしいでしょ。
この役名は最初「ファイト・ハンスリック」だったんだけれど、
あまりにハンスリックの名前そのままだったので、
多少の節度を持って、ベックメッサーに変えたんだ。
「粗探し屋」っていう意味なんだけれどね。笑

ベックメッサーのキャラクター設定は、こんな感じ。

「皆から尊敬されているはいるが、
どこか変わったマイスタージンガー。
知識は豊富だけれど、実生活ではとても不器用。
恋人は人生で一度もいない。
もう若くもなく、この歌合戦が伴侶を得る最後のチャンス。」

ははは・・・
ハンスリックは50歳を過ぎて、ようやく結婚したから、
『マイスタージンガー』を書いた頃は、40代でまだ独身だったんだ。
我ながら素晴らしいキャラクター設定だと思っているよ。


それで『マイスタージンガー』の台本が出来上がった後、
私は、いつものように台本の朗読会を開いてね。
そこに、ハンスリックも呼んだんだ。
もちろん名前はベックメッサーに変えていたんだけれど、
彼が自分のことだって解ったんだろうね。
朗読会の途中で怒って帰っちゃったんだ。笑


作品の中では、
ハンスリックの化身、ベックメッサーに何度かスポットを当てているよ。
専用で演奏するベックメッサーハープっていう楽器まで作って
ハンスリックに敬意を表したのさ。笑
音楽的にもいろいろと仕込んだのだけれど、
それは長くなるので、また別の機会に。

それでは、楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』から、
「ベックメッサーのセレナーデ」
をお聴きください。


そうだ、ベックメッサーハープは、日本にも持っている方がいるみたいですね。



Note上で展開する、架空のラジオ番組《クラシック・エトセトラ》。
いかがでしたか。
番組は、ほぼ日更新。名曲の、目から鱗のエピソードが語られていきます。
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夏目ムル
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