エリート女子に教えてもらったこと―中国の日本語プレゼン大会で
10月某日、中国で行われた日本語プレゼンテーション大会にオンラインで参加した。
私は出る方ではなく、指導した学生が出場するのを見守るためだった。計5時間近くの長丁場だったが、あっという間に感じた。
私が指導を担当させてもらった女の子(李さん)は、えげつなく成績優秀で、同時に可愛らしさも持ち合わせているスーパーウーマンだった。
当たり前のことをすべてやる
李さんは、とことん「基本をしっかりやる」という精神で、勉強に向き合っているようだった。
それを感じたのは、彼女の大学院進学の話を聞いた時だ。
プレゼン大会のための準備期間は約3か月ほどあり、しかもその間に彼女は大学院試験も受験することになっていた。
試験の翌週、私が指導の時間に「大学院試験はどうでしたか」と尋ねると、「無事合格しました」と彼女は言った。
すると、その場にいた他の先生が、「李さん聞きましたよ。成績が一番で特待生だったんですよね。おめでとう」とおっしゃった。
彼女は照れ笑いをして「ありがとうございます」と答えた。
「特待生って何ですか?」と私が質問をすると、彼女は「成績優秀者は無料で進学できるのです」と教えてくれた。
それを聞いて私は、急に彼女を遠い存在のように感じてしまった。
羨ましいと思うと同時に、そんな偉業を成し遂げた彼女に羨ましいと思うこと自体が間違いだ、と思い、自分が嫌になった。
内心複雑な気持ちで、「すごいですね、おめでとうございます」というと、彼女は「でも…」と言って、こう続けた。
「あの先生、でも、私は学生として当然のことをしただけなんです。だから、別にすごいことではないんです。」
それを聞いて、私も、その場にいた先生も、ただ「ほう…」と感嘆した。
私は、彼女を遠い存在のように感じてしまった少し前の自分を恥ずかしく思った。
―私は学生として当然のことを今まで出来ていただろうか、と思い返すと、いや、出来ていなかったな、と思う。
特に語学においては、どこかで習得を諦めていて、手を抜いていたような気がする。
彼女の「学生として当然のことをしただけです」という言葉は、本当にかっこよかった。そして私に、彼女の最大の美点を気付かせてくれた。
李さんについて
たしかに彼女は、どこか泥臭さを感じるような人だった。
たとえば、原稿を読み上げる時、彼女ははじめ、「基本」から外れることを嫌ったため、アクセントの指導がうまくいかなかった。つまり、単語ごとのアクセントを重視するあまり、「棒読み」のように聞こえてしまう。
日本語のアクセントは「高低」しかなく、そして、ある単語のアクセントは文脈のなかに放り込まれると、単語だけで発音するときと変わってしまうことがあると思う。
彼女は、日本語の単語のアクセントを、一つ一つしっかりと記憶していたため、それを受け入れるのに時間がかかった。彼女の中の辞書と、日本語の曖昧さがかみ合わなかった。
そんな風だったので、彼女のスピーチは、「硬い」という印象が強かった。
緊張感の漂う練習の合間、ふと私が
「李さんでも、プレゼン緊張しますか?」
と聞いたとき、李さんは息を飲んで首を激しく縦に振った。
「はい、とっても…」
エリート然とした彼女との練習は、いつも淡々とした雰囲気だったので、その様子を見て私はすこし意外だった。
「そりゃそうよね!」
私が笑いながらそういうと、李さんも笑った。立て続けに質問した。
「どうしてプレゼン大会に出ようと思ったんですか?選ばれたんですか?」
「いえ、自分で、出ることにしました。私は中学生のときに、英語の、スピーチコンテストに、出たことはあります。英語は、得意でしたから。でも、今回は、日本語で、まだ自信はありません。自分のスキルアップのために、決断しました」
すごいなぁ…と正直心のなかで思ったけれど、今度は黙っておいた。
私にできる事は?
今回のプレゼンのテーマは「高齢者問題」にまつわるものだった。
中国の家庭では、「親が子どもを育てること」が当たり前ではない。
親は共働きで仕事に集中し、実際には祖父母が子どもの面倒をみることが多いらしい。
李さんもそうやって育ったらしく、自分は「おばあちゃん子」だと言っていた。そして、彼女とおばあさんとの仲の良さがきっかけで生まれたアイデアが、プレゼンの中心になっていた。
私は練習のとき、ずっとそのおばあさんとの関係が微笑ましいと思っていたので、
「…原稿をみていて、李さんのおばあさんは、李さんのことが本当に大好きなんだなということが伝わります」
と言ってみた。
「そうですか」
画面越しだから正確にはわからないけれど、彼女はふっと幸せそうに笑っていたと思う。私はそれに惹きつけられた。
そして、その柔らかい笑顔や、優しさや愛情が伝わるようなプレゼンにするにはどうすればいいだろうか…と思った。
プレゼンをちゃんとしたこともない私に、唯一できるのは、原稿を見直すことだけだと思った。
そこで、もう一人の先生と一緒に、5~6時間がかりで彼女の原稿を見直した。彼女が持っているエピソードで書ききれていない部分を引き出したり、とにかく彼女の人柄や魅力が伝わるように工夫した。
プレゼン大会当日
本番の日、画面越しに見た彼女は、まるでアクセント指導の苦労が噓だったかのように流暢に話していた。
私は、いいぞその調子…間違えませんように…と固唾をのんで見守っていた。
そして、彼女の発表が大成功で終わったときには、思わず一人で拍手した。
出番が終わってすぐ、私は彼女に「感動したよ!私の中では李さんが優勝です!」とメッセージを送った。
馴れ馴れしいかなとか、そういうこともよぎったけれど、正直に気持ちを伝えたかった。
結局、彼女は準優勝だった。
出来がよかっただけに、きっと悔しいだろうなと思ったら、優勝した子と一緒にお祝いしに行きます!美味しいものを食べます(^^♪と報告があった。(うまくいえないけど、中国人の方のこういう性質がとても好きだ。)
そして、またしてもかっこいい言葉を送ってくれた。
不完全な部分があっても、彼女の心意気を伝えるには十分だ。私もいつか、つたなくても、翻訳機なしのメッセージを送れるようになりたいと思う。
まとめ
プレゼンの準備期間、これって時給出ないんだよなぁ…と思ってしまう瞬間が何度かあった。でも李さんに向き合うなかで、自然と彼女を応援したいと思うようになった。
結局、発表をきいたときは感動したし、李さんの姿をみて「いつか私も外国語でスピーチやプレゼンをしてみたい」という夢を持てるようになった。李さんだけでなく、切実に学ぶ学生の発表をより近くでみることが出来て、たくさん学ばせてもらった。
もちろん、考え方や勉強への姿勢だけでなく、実際に中国人の学生の勉強法は大変参考になる。また紹介したいと思う。
追記
後日、表彰状がおくられてきた。
PDFで。
(入賞した学生を指導した教員にも表彰状がもらえるらしい。)
なんだか中国らしいなぁと少し笑ってしまったけれど、PDFの表彰状も悪くないかもしれない。
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