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出会った景色から広がる心の風景

写真のように写し取ることはしない

今井 国松さんは今、どんな作品を制作中、あるいは展示中でしょうか?

国松 制作拠点にしている場所から見える風景みたいなもの、それが作品のヒントになっているというのがあって、主には水平線とか地平線ですとか、山でいうと稜線みたいな、ちょっと境界線になるような場所に引かれる部分があり、水平線や地平線を題材にしたHORIZONという平面作品のシリーズが一つあります。
 あと立体彫刻だと、GLACIER MOUNTAINっていう、氷河の山っていうような意味なんですけど、山並みだったり氷の山みたいなものを表現したシリーズを作っています。あとはWORMHOLEっていう、ちょっと洞窟状の穴のあいたそれも相当大きな立体作品なんですけども、そういった彫刻も作っています。いずれも風景を見る中で出会ってきたものが起点となって生まれたシリーズなんですけども。

村上 1回目から3回目の中で、見たことのない風景を作り出してるっていうお話がありました。今おっしゃっていたのは実際に見た風景から起点を得て作ったものっていう、両方違う方から来ているのか、あるいは見たことがある風景の今作られてる作品でも、実際にリアルにそれを再現しようとしてるというよりかは、国松さんの中の記憶の中で実際はちょっと形が違ってもこういうものっていう風景を描こうとしているのか、どういった作品が例えば最近の個展の中だと作られているんでしょうか?

国松 そうですね。風景を見に行って、写真を撮って、それを写し取るようなことはしていなくて、そのときの印象みたいなものを自分でも作りながら、その景色をそこで作っていくみたいな感覚があります。実際に見た印象とか、そこにあった空気みたいなのももちろん意識はしてるんですけど、実際行ったことのない砂漠だったり、氷山だったり、そういうものが見えてくるときもあって、そういうイメージをミックスしていくことが多いですね。
 作品が完成した後、それを人に見てもらう場があるんですけど、HORIZONシリーズを作ったときに、前までは自分ってこんなアイディアを持ってるんだよとか、こんな作品も作れるんだよっていう、「どうだ!」みたいな感じで作っていた部分が大きかったと思うんですけど、HORIZONシリーズをやったときに、ある種、描きすぎないというか、完成させすぎないところでやめることをしてみたときに、人が見たときに、そのときの印象なので、そこに抽象的な部分もあって、ある人は湖って思うかもしれないけど、ある人は砂漠に見えたり、雪原に見えたり、そういう反応がすごく返ってきました。作品を見た人が今までにどこかで見た印象の景色と合わせて見ているので、同じ絵でもいろんな捉え方があったんです。それはその作品があることで、記憶にアクセスできてるのかなっていう体験をしたときに、自分の作品の役割が、「自分はこういう思いを持ってて、それをわかってください」というのとは、また違うやり取りが作品を通してできるんだなっていうのを発見したっていうのがあります。

村上 最近の作品ですと、彫刻した作品だけじゃなくて、作品を作るまでのプロセス、いろんな場所を歩いてる記録であったり、写真であったり、そういった一連のものも、映像でなどで展示されていますが、それはどういったものなんでしょうか。

国松 それは2015年から始めている活動で、それまでも自分で興味を持ってフィールドを歩くことはしていたんですけど、アヨロという白老と登別の間にある地域の地形がすごく面白くて、相方の立石信一くんと2人で歩く活動をしています。彼は文章を書くんですけど、僕は彫刻とか平面を作るっていうところで、同じところを歩くんだけどアウトプットの仕方が違う2人ですが、目的はただ歩くことを大事にしています。展覧会とか自分の作品を表現したり見てもらったりするアウトプットの時間はあるんですけど、インプットしてる時間がすごく少ないなって感じて、これはちょっと意識的に歩く時間を作ろうっていうこともあって始めた活動なんです。


村上 なるほど、そういうインプットの部分っていうのは、前回のときはちょっと「怖い」と思ってるときの心持ちの状態の過程だとおっしゃっていましたけど、インプットそのものをアウトプットにしてしまうというのは怖かったりはしないんでしょうか?

国松 それは本当にあって、アヨロラボラトリーっていう活動をしてから、アヨロラボラトリーで何か展覧会をしませんかっていう依頼が来たり、そうなっていったときに、アウトプットするために歩くみたいなことになっていた時期があって、もちろん成果を見てもらうのも大事なんですけど、目的はやっぱり歩いて何かを見たり経験したり、体感したりということが目的だったので、最近は少しアウトプットする活動はセーブしながら、本当に記録の写真を蓄積していったり、映像にまとめた物を溜めていったり、蓄積していく方向で活動しています。

今井 インプット・アウトプットの話が出てきましたけども、バランスを保つことが作品作りについて大切なことっていうのは、私は芸術をやってるわけではないですけれども、そういうバランスについてすごく共感できると思いました。

まだまだここで作品を作っていきたい

村上 僕らの番組はネイティブというタイトルをつけているんです。ご出演いただいた方にネイティブって何でしょうっていうような質問を最後に投げかけているんですけれども、今回印象的だったのが、一つ一つのリアリティーでした。インプットするときもアウトプットするときも、人に見せるときも、地域に入っていくときも、ぐっと行き過ぎないし、やらなすぎないというか。地に足をつけてというところがありながら、その中で見てる考えてる触れてるっていうのを、なんかずっと感じるような気がしています。
そこで長く続けていくためにということではなく、そこにもういてしまって続けていった結果、出てきたリアリティーをすごく感じています。ですので、ちょっと質問を変えますけれども、国松さんご自身が飛生という場所に拠点を持ちながらインプットをして作品を作って人に見てもらう中で、それを振り返ってみると、自分が続けられた理由、どういうところを大切にいつもされていたのかなと伺いたいと思いました。

国松 ネイティブっていうところでいうと、自分自身も小学生のときに初めて来たときも、その後大学卒業した後に再び2002年に来た段階でも、やっぱりよそ者でした。そういう土地に来てそこで制作を始めるんですけど、そのときにはずっとそこにいるんだろうとか、いようとか、あんまり思っていませんでした。でもだんだんと暮らしていく中で、自分の制作だったり自分の作品はこれだみたいな瞬間を初めて味わった場所になりました。さらにそこがただの制作の場じゃなくて生活をする場だったり、地域の人と関わっていったりっていうことも含めて、その土地をだんだん理解してきていて、そのうちに何かそこの場所で発信することはできないかなって思い始めたり。やっぱり僕にとっては大事な拠点っていうのがあって、生活する中で見えてきているものとか肌で体感しているものが作品に表れてくるっていうことなので、そこに残ったり、そこがあって今の自分があるみたいな、大げさに言うとそういう場所なので、その場所をこれからも続けたいと思ってますし、そこでまだまだいろんな作品を作っていきたいという思いはあります。

村上 同じ質問かもしれないですけど、芸術家、彫刻家をなりわいとして続けていくってこと、それをネイティブと捉えたときに大切なことって何でしょうか?

国松 短いスパンで考えてしまうと、材料費はこれぐらいかかって、場所代がこれぐらいかかって食費はいくらで、そうするといくらの作品が月に何個売れなきゃいけないのかとか、そう考えてしまうと、結構本当に仕事みたいな形になっちゃうんですよね。それが売れる作品を作らないと、というふうになってしまうんですけど。
そこの部分をもうちょっと長いスパンで考えて、自分に投資していくではないですけど、場所を大事にしたり、守ったりしていくっていうことも、それもお金もかかったりするんですけど、結局は長くそこで活動を続けて作品を生み出していける部分なので、将来いつか売れることもあるかもしれないと、信じる気持ちみたいなのが大事なのかなって思うことはあります。

今井 飛生という街に暮らし続けることもすごく大変なことだと思いましたが、そこには国松さんが作品を作るという軸がしっかりあることが、暮らし続けてこられた理由の中心にあったんだろうなっていうふうには私は想像しました。それはもしかして彫刻家としてどうやって生きていくのかっていうことにも通じることで、それが全てのことをぶれさせなかったのかなと思いました。
(文 ネイティブ編集長・今井尚、写真提供 国松希根太、瀧原界、笹島康仁)

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次回のお知らせ

次回からは新たなゲストをお呼びします。北海道で文化芸術プロジェクトづくりにかかわる木野哲也さんに伺います。実は飛生では国松さんとも一緒に活動をされている方です。アートを軸に人のつながりを紡ぐ仕事。どのようなことをされているのかたっぷりと聞きました。

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