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散文

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#小説

空き地に人間向けの窓はない

空き地に人間向けの窓はない

 フジモトさんはどの路地にもいた。うちを出て目的地への最短ルートを進むときであろうと、進む道を適当に決める日課の散歩のときであろうと、本当にしょっちゅう、そこかしこで遭遇した。(今日はフジモトさんいなかったな)と思えるような、家から割と遠ざかったところで、背後から不意に明るい声に呼び止められる。振り返るとやはりフジモトさんだった。

 この町は死刑宣告を受けている。元々は終戦直後の混乱のなか、大陸

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母の家出

母の家出

 南東向きの窓があるリビングから、ダイニング、キッチンと続く分譲マンションの一室、リビングとダイニングの間には間仕切りとしてカップボードが置かれている。電話台はそのカップボードのすぐ裏、ダイニング側にあるので、晴天の午後二時前だというのに薄暗い。冷房のために締め切った部屋に微かに届く蝉の声がその暗がりを強調していた。
「長崎行きの高速バスに空きはあり

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