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【しろがねの葉】生きるとは何かということを強く訴えてくる直木賞受賞作

第168回直木賞を受賞した千早茜さんの「しろがねの葉」がとんでもない名作だったので、読みながら思ったことをつらつらと書き留めておこうと思います。

ネタバレありの感想なので、前情報なしで楽しみたい方はここでページを閉じてくださいね。

戦国時代末期の銀山を舞台にした「しろがねの葉」は、生きるとは何かということを深く考えてしまう作品でした。

ウメという少女

弱いものは簡単に打ち捨ててられてしまう世界で、主人公のウメは気高く強い女の子です。男の子相手に臆することなく喧嘩を挑み、肉を噛みちぎるシーンにはあまりの強さに笑ってしまいました。

豪放磊落な喜兵衛に育てられたウメは、男の子に負けないくらいの才能を発揮し、鬼娘と呼ばれるようになりますが、体の成長と共に男の子と同じようには生きていけなくなってしまいます。

初潮を迎え体つきが柔らかくなったことで山に入れてもらえなくなったウメは憤ります。男女の体の違い、生き方の違い、求められる仕事の違いに。

ウメは、幼いうちに家族と別れ、山の中で喜兵衛と暮らしてきたことで、女の生き方というものに鈍いところがありました。銀山で生きていくには男よりも男らしくいる必要があったからかもしれませんし、ウメが女の生き方を望んでいなかったということもあると思います。

ウメは喜兵衛に男女の区別なく育てられたことで手子として開花したけど、喜兵衛がウメに女としての生き方を教えておけば、ウメは伝兵衛の付き人たちにあんな目に遭わされなくて済んだんじゃないかとは思ってしまいました。

初潮が来たら女の体は変わるということ、女の体になると男の見る目が変わること、年頃になったら男に警戒しなくてはいけないこと、女の体では男には勝てないこと、女子供だけで山の中に住むということはどういうことか。それを教えたのが喜兵衛ではなく隼人だったというのがなんとも言えません。

隼人とウメ

隼人はずっと前からウメのことを意識してたのかなと思います。

ウメに触られると思わず口付けしてしまうくらい思いが募っているのに、ウメの嫌がることは決してしないと言い切る強さが素敵です。

ウメが襲われた時も、色んなことに気づいていながら何も言わず、ただウメの側に居続けました。

隼人はウメの気持ちをウメ以上にわかっていたのではないでしょうか。

ウメが自分の方を向くのをただひたすらに待ち、自分の胸に飛び込んできたウメを全身全霊の愛で迎える姿には感動しました。

そんな隼人を慕う女郎が現れた時の修羅場はなかなか見ものでしたね。女郎の前では冷静だったウメが隼人を詰るシーンでは、ウメはちゃんと隼人のことが好きなんだなとわかって嬉しかったし、隼人が初めて喜兵衛への思いを口にするシーンにはゾクゾクしました。

喜兵衛には絶対に勝てないと思い込んでいる隼人もつらいし、喜兵衛への思いと隼人への思いは違うんだということが隼人に伝わらないウメもつらい。

ウメは隼人の周囲に夕鶴の存在を感じずにはいられないし、隼人はウメの中に喜兵衛の存在を感じずにはいられないのに、お互いにそれを見ないふりして夫婦を続けます。

どんなに言葉を尽くしても、たとえ体の関係がなかったとしても、一度芽生えた不安や嫉妬は消えることがないんだなと思いました。こんなに2人はお互いを大事に思っているのに!

銀山で生きる男と女

銀彫の集落では、男は命がけの仕事で妻子を養い、女はそんな男たちを増やすために命がけで子供を産みます。

男の寿命は短く、女は長く生きる代わりに子孫を残していく。

作中にこんなセリフがあります。

「おなごには閨での勤めがあるじゃろう。そことて間歩と変わらん闇じゃ」

「しろがねの葉」千早茜

男は女にしかできない子供を産むという仕事にちゃんと敬意の念を持っているし、女は女で男とは違った大変さがあるという考えが共通認識としてあるんだなと思いました。

喜兵衛は自分に子種がないことで、ウメを諦めます。銀堀を率いている立場の自分が、他の男たちに命を懸けさせている自分が、子を作れないのにウメをそばに置いておくわけにはいかないと思ったのかもしれません。

かといって、ウメが誰か他の男と連れ添うところを間近で見るのは耐えられなかったから、ウメを置いて出ていったのかなと思いました。

銀の山で暮らす男たちは皆、自分の命が長くないことを知っています。そして、自分の死後は妻に他の男の元に嫁いでほしいと思っています。

女はかつて愛した夫を心に残したまま、2人目、3人目の夫の元に嫁ぎ、子を産みます。

男は、愛する妻の心に他の男がいることをわかった上で、短い命を妻子に捧げます。

男たちは、一体どんな気持ちで「もし俺が死んだら、別の男に嫁げ」と言うのでしょうか。

女たちは、一体どんな気持ちでそれを受け入れるのでしょうか。

今とは比べ物にならないほど、命を繋げていくということに重みがあったんだろうなと思いました。

妻にできることは最後の最後まで側にいて、愛する人を看取ること。その愛の切なさと美しさに心打たれます。

男たちは命懸けで銀の山に入るし、女たちもそれを覚悟しています。

愛する夫を看取り、愛する息子を看取り、それでもまた銀の山に入る男を育てるために子を産む。女は、命を削って働く男たちの代わりに、何か別の大切なものを削り続けているんだと思いました。

ウメと龍

ウメは隼人のことも龍のこともちゃんと愛していたと思うけど、隼人はずっとウメの中に喜兵衛を感じていたし、龍もウメが隼人と愛し合っていたことを忘れたことはなかったと思います。

それでも男は妻子を養うために銀の山に潜るし、女はそれが男の命を短くすることだとわかった上で黙って送り出すのです。

ウメが隼人の次に嫁いだのが龍でよかった。隼人とはまったく違うタイプの男の人だったのがなんだか嬉しかったです。

隼人はウメの良い理解者で、龍はウメを支えてくれる存在でした。

ウメは隼人とは同じ立場で喧嘩ができたし、隼人もウメの能力を認めていました。

龍は存在自体が癒しで、いつも穏やかにウメを包んでくれる夫だったのではないかと思います。

ウメとヨキ

ウメの側にいた男としてはヨキも外せません。幼い頃からウメを見守り、喜兵衛や隼人や龍とはまた違う方法でウメを支えてきました。

ウメが身籠ったことに1番に気づいたのもヨキでした。動揺するウメに冷静に寄り添い、ヨキにしかできない形でウメの敵を取ります。

この時のヨキの言葉が私にはめちゃくちゃ刺さりました。

「所帯を持ったことも、子を授かったこともありやせんが」〜中略〜「惚れた男の子を身籠った女はそんな顔しやせん。誰にやられました」

「しろがねの葉」千早茜

1人で色んな不安や怒りや憎しみを抱えていたウメが、ヨキの存在にどれだけ救われたかわかりません。少し離れた立場でウメを見ていたからこそ、ただ冷静に淡々と、負の感情を共に背負ってくれたのかなと思います。

容赦なく復讐するウメも強くてかっこよかったです。

美しい言葉たち

もうひとつ好きなフレーズがあります。

「ええのう」と甘えた声で言う幸の頭を「土産を買ってくるよ」と龍が撫でる。囲炉裏の火のみの暗い屋内でも、幸の耳が桃色に染まるのがわかった。縄を綯っていた喜一が気遣わしげにこちらを見ている。

「しろがねの葉」千早茜

このたった3行で、幸が龍を好きなことと喜一が幸のことを好きなことが伝わってくるんです!

なんて美しい文章...。

しかも喜一は幸の気持ちに気づいているけど、幸は喜一の気持ちに気づいてなさそう。

喜一と幸のその後については語られていませんが、なんだかんだ2人は夫婦になったんじゃないかと思っています。 

「しろがねの葉」は終わり方もとても美しくて、読み終わったあともウメとウメと一緒に生きてきた男たちについて思いを巡らせてしまう物語でした。

人間の営みを色濃く描いた名作だと思うので、直木賞を受賞したことで多くの人の目に留まることがとても嬉しいです。


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