どう転んだとしても、その言葉を伝えられる
それは、これまで、これまでずっと、ずっと待ち望んできた瞬間だった。それがわかったときには宇宙まで飛んでいってしまうのではないか、というくらいの喜びに満ち、どこのお花畑に行ってしまったのかわからないくらいに舞い上がっていた。
当日、どころかもう一週間も前からそわそわしてしまい、前日なんて眠るのがもったいないくらい気持ちがあふれて止まらなかった。結局ほとんど眠れずに朝を迎えた当日は、けれどもまったく眠気もなく、それどころかますます気持ちを高めて、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、忙しない。
それも束の間、慌てておもてなしの準備を始める。わくわく、わくわくして、何の苦も感じなかった。
そして、その瞬間が、きた。
チャイムが鳴る。
心臓が跳ね飛び、落ちつかせようと試るものの、それは難しそうだった。
扉の前に立つ。急に緊張を始めた全身に喝を入れて、扉を、開いたーー
あらあら、まあ。お変わりないようで、何よりです。えぇ、本当。
え?
もちろん、すぐにわかりましたよ。前から知っていたからですって、またまたご冗談を。あなたのほうこそ……、そうでしょう? だから、言ったではありませんか。
えぇ、そうですよ。
いつまでも、お待ちしていましたよ。
いつまでも、ずっと、お待ちしていました。
……えぇ、そうね。時間というものは、長いようで、刹那的なものですわ。
これまでの時間が吹き飛んでしまうくらい、あっという間だった気がします。
えぇ、本当に。あらあら!
それにしても、これで天国の母に胸を張って言えますわ。母はきっと私にそう言いたかったと思いますけれど、かえって私に言われてしまいますわね。だからーーなんて。
ううん、そんなこと、ないです、わ。どう転んだとしても、私は何一つ後悔しなかったでしょう。それこそ、こうして相見えずとも、あなたを想い続けて生きてこられたなんて、これ以上の幸せはありません。
母も、ああは言っておりましたが、心の内では許してくれていたでしょう。私には、わかります。
あらまあ、辛気臭い話しになってしまいましたわ。
え? あらあら、そうね。でも、私ばかりではなくて、あなたの話しも聞きたいわ。
ついつい立ち話しが長くなってしまいましたね……それもなんですわ。どうぞ、中にお入りください。ゆっくり、お話しをしましょう。
あぁ、そうだ。ふふ。それから……あぁ、なんか照れますね。ふふ。でも、うれしい。……恥ずかしがっている場合ではないですわね。どうぞ中に、それから、
おかえりなさいーー
と、あなたを招き入れる。これほど、望んでいた瞬間があるだろうか。
あぁ、だらしない顔になっていないかしら。
そんな種々の想いを浮かべながら、それでも楽しみのほうがはるかに勝る。
これまで、待ち続けていた長い年月よりも、この刹那のひとときがあまりに濃密に感じられる。それこそ瞬く間、という言葉がふさわしい。
私はきっと今、新たに産まれた。
これから先がどれだけのひとときであろうとも、きっと。これまでの時間よりも輝くものになるのだろう。
扉を閉める。長い長い、あなたとのひとときが、今、これから、始まる。