世界に存在するよりどころ
それは突然だった。
急に、本当に急に、音が消えてしまった。
周りの音も、自分の話し声も、何も聞こえない。
空想の音だけが想像されているものの、それは頭の中で奏でているだけで、肌で感じているわけではなかった。
あまりに突然の出来事に混乱してしまう。
急いで病院に、と思う間に、今度は目が見えなくなった。
何も、見えない。夜の闇よりも暗い、光を一切感じない暗黒。
私は身動きひとつ取れずに、ただただ呼吸ばかりが荒くなった。
かんを頼りに部屋のレイアウトを想像し、ひとまず、ソファを目指す。ゆっくり、壁伝いに、たどり着くことができた。
しかし、これからどうすればよいのかわからなかった。見えず、聞こえず、何もできない。かの先生が登場することを願ったけれど、そんなもの現れるはずもない。
どのくらいの時間が経って、今世界はどんな塩梅なのだろう。
化石のように動けない私の体は、本当に石みたいに硬くなって、自分の意思で動くことはできなかった。二時間、二ヶ月、二千百万年、どうしたらいいのかわからなくなって、そのまま眠りにつきたくなった。二千百万年の陽が苔むした体にあたり‥‥そんな歌を思い出しながら、そんなにたいした話しではないと、言い聞かせた。けれど、
温かな雫の流れが頬に触れたと感じたときには、現実に引き戻されて、やっぱり何も見えない聞こえない世界のありように、本当に、どうしたらいいのかわからなくなった。
そのとき、手に何か、触れるものがあった。直後に頬の雫が拭われたような感触を覚えると、それはぬくもりに姿を変えて、包まれるのを感じていた。
手を握り、そっと抱きしめられ、頭をなでられる。
誰かがそばにいてくれるその心強さが安心を感じ、このまま動けなくなっても大丈夫だ、という気持ちが湧いてきた。
しばらく、その心地にゆられながら、何気なく瞳を開くと、そこにはあの子の姿が見えた。小さな寝息が聞こえ、世界は明るく照らされている。
私はしばらく呆然としていたが、よくよくあの子を見ると、私のそばで、手を握って、体を寄せて、一緒に横になっている。
そばに、ずっと、いてくれて、いたんだ。
あぁ、私は、私はこの子に、救われたんだな。
私はゆっくり、起こさないように子を抱きしめると、再び、一緒に、眠りについた。
いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。