いつまでも うつくしいこころで いきていきたい
散歩は季節、そのとき折々の空気を感じるのにもってこいだ。
とは言っても、僕の散歩は歩くのではなく自転車だ。散歩という名のサイクリング。
風を切るときの心地よさは何ともいえない。
春のさわやかな風も夏の厳しい日差しも秋の静やかな空気も冬の凍てつく寒さも、すべてが気持ちいい。
散歩において嫌いな季節はない。
空も木も四季折々の色合いを見せてくれ、その美しさたるや、どんな人工的なものよりも鮮やかに心に映る。
朝も昼も夜も、時間によってもまるで違う顔を見せてくれ、あぁ、何で楽しいんだ! 世界はこんなにも楽しさに満ちている。
この胸に残る瞬間、この気持ちは何だろう。
この気持ちを正確に言葉にできたことはない。
美しいものを見たときの気持ちは、たぶん今の僕には表せない、崇高な何かが生まれているに違いない。そうでなければ、これだけの幸福感は得られない。
方向音痴ですら、散歩を楽しむのにもってこいのアクセントだ。
知らない道を見つけたらついつい入りたくなるのが性だろう? そうして道に迷った結果、新しい発見が見られるのだから、道が覚えられないのはいいことなんだ。
それを言ったら友達にバカにもされたけれど……。そんなこと、たいしたことじゃない!
世界がこんなにも楽しいのは、きっと僕が何にも知らないから。そんなことも理由にあるかもしれない。
花の名前も虫の名前も何にも知らない。それを知らなくても、きれいなもの、不思議なものがいっぱいあって、すべてが新鮮な儚い魔法のようにぱーっと目の前に現れてくるのだから!
自然はこんなにもやさしく、僕を受け入れてくれる。
そうして、いつだって美しいものを、僕に教えてくれる。
あぁ、このままこうして、いつまでも、美しい心で生きていきたい。
きれいなものを見て、生きていきたい。
…………さぁ、帰ろう。今日は、帰ろう。
また、こよう。散歩に、出かけよう。
それまで……また。