あの人
陳腐なものしか想像ができないほど、私はもう、あの人に期待を寄せていないのだろう。それでもまだ、想像をしてみよう、とするほどのものは持っているのかしら。
あの人はきっと、私に対して何の感情も持っていない。それこそ、同居人、ということさえ甘く、ただのしがない家政婦か、奴隷のようにしか思っていないのだろう。それでも、そんな私でも手放したくないと思うのか、ときおりかたる甘い言葉は私の心をほんの少しだけゆらしていた……いや、いいほうにではなく。
外に他に大事な人がいるのは知っている。それでもここに帰ってくるのは、たんにその方に生活力がないからであろう。ここはあくまで拠点であって、あそこは遊びどころ。どちらにしても、どちらでも、不憫なことには変わりない。そのことを、その人は知っているのであろうか。
私はもう、あきらめている。それでもいい、というわけではない。たんたんと、日々をこなしながら、あきらめて、しまっている。
それはあの人に対することを、というだけであって、私のこれからをあきらめる、というわけではない。機会をうかがっているだけだ。
それでも、どうしてだろう。簡単に、はいさようなら、とすることもできないのは。
この数年、いや、初めのころだけかな。本当に、楽しかったのだ。
これまであまり縁のなかった男性、というより、人との関わりは、私の心を満足させ、充足させていた。相手がどう、とかではない。どんな形であれ、私のことを見てくれて、関わってくれたこと。それが、それだけのこと、と思う人もいるかもしれないが、そんなささいなことが、私にとってはとても大きいことだった。
そんな楽しい時間をくれたあの人だからこそ、残念に思う。私は、変わることができた。少しずつ、でも。
いつになるかはわからない。それでも、その機会が来たら。
まだ、簡単にはいかないけれど。
あぁ、今日も一日が終わる。あの人は、帰ってこない。
知っている、連絡が入っていたのだから。
明日は、どうなのかしら。どうなの、かしら。