スウェーデン語の島で70歳のおじいさんがビールをご馳走してくれた話
去年の夏、フィンランド滞在の一番はじめにオーランド諸島を旅することにした。
オーランド諸島は、フィンランドとスウェーデンの間にある島々で、フィンランドに属する自治領だ。古都トゥルクから5時間の船旅でオーランドの主都マリエハムンに到着する。
オーランドは夏がとても気もちよく、美しい街を見にヨットに乗ってヨーロッパ中から観光客が訪れる。一方、ロヴァニエミ出身の友人たちは遠いこともあってか、訪れたことがない人がほとんどだ。フィンランドの中でも少し珍しい場所だといえるだろう。
もうひとつオーランドが特別なのは、住民のほとんどがスウェーデン系であることだ。フィンランドの公用語にはフィンランド語とスウェーデン語、準公用語にサーミ語があるが、オーランドではスウェーデン語のみが公用語とされている。スウェーデン語ができない私はマリエハムンでは英語で過ごした。
そんなフィンランド人でもあまり訪れないような場所に私が行けることになったのは、ホストシスターのニーナが夏の住み込みアルバイトをしていたからだ。
でもニーナがいるのはマリエハムンではない。マリエハムンからさらにバスと船を乗り継いで3時間のところにある、ラッポーという小さな小さな島だった。巨大な荷物を抱えての長旅に不安がなかったといえば嘘になるが、ニーナだけを頼りにラッポーに向かった。
なのに、ニーナは迎えに来られなかった。「仕事が忙しすぎて、船がつく時間に上がれなさそう。友達のマルクに迎えを頼んだから、大丈夫!」と連絡があった。
マルクね、と思いながら船を降りる。港には70歳をゆうに超えているだろうおじいさんが一人。少し気まずそうに近づいてくる。マルクだった。
マルクは「Hello」と言うと、私と私の巨大な荷物を車に乗せてくれた。(アジア人は私だけだったので、私がNarumiであることは間違えようがなかった)
どうしよう。スウェーデン語はわからないし、英語で話すしかないと思いつつも「Do you speak Finnish?」と聞いてみた。マルクは聞き取れなかったのか「What?」と聞き返してきた。そこで私はダメ元で「Eli osaatko suomea?」とフィンランド語できいてみた。するとマルクの緊張がみるみる解けていくのがわかった。
マルクはフィンランド本土でも長く働いていて、フィンランド語が話せたのだ。けれど、私が英語しか話せないと思い、緊張しながらも英語で話そうとしてくれていた。
ニーナの働いているレストランに、家の鍵をもらうために立ち寄ると、マルクがおもむろに「このお嬢さんにご馳走したいんだ」と言いはじめたのには、私もニーナも驚いた。寡黙なおじいさんが、たった数分で打ち解けてくれたのだ。マルクと私は席につき、ビールを飲みながらいろいろな話をした。マルクの若い時の話や、家族の話、ラッポーのことを教えてくれた。
日本を出発してたった2日で、人口13人のスウェーデン語の島で初対面のおじいさんとお酒を呑み交わしている。
この急展開に若干気後れしながらも、同じ言葉を話せるということが、どれだけ相手に安心と親しみをあたえられるのか、言葉の力を一番感じた出来事だった。
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