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「大人の条件」ってなんですか? バー店主の林伸次さんに聞いてわかったこと
渋谷にある「bar bossa」というバーを経営している林伸次さんという方がいます。noteも書かれていて、いつもじんわり良いことが載っているので僕も読んでいました。
そうしたらこんな記事が流れてきたのです。
「本に関する取材であればプロ・アマ問わずなんでも対応します」という面白いプロモーションです。
新刊を出されたのですね。
「大人の条件 さまよえるオトナたちへ」という本です。
読書感想文を書く代わりに著者インタビューをするのもいいじゃん、と思った僕はさっそく買って読み、会ったこともない林さんにメールをしました。
すると上の記事にも書いてあるとおり、本当に林さんは取材を快諾してくれました。すごいですね。どこの誰が来るのかもわからないのに、完全にウェルカムの姿勢でした。
僕は実はbar bossaには行ったことがありません。いつか行こうと思っていたバーでした。
初めての機会がまさかオープン前の時間、真っ昼間の取材になるとは。
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林さんにお会いしていろんなことを聞きました。
林さんはnoteの文章の雰囲気のまま、やさしく答えてくれました。
そんなつらつらとしたやり取りをよかったら読んでみてください。
奥さんに「あれ?大人の条件は?」といじられる
narumi:林さんは普段からとてもスマートにいろんなことをこなしている大人という印象です。だからかこの「大人の条件」、面白かったです。
林さん:いやいや、本当にもう、全然です。うちの妻が毎回、あなたみたいなのがなんでこんな本を出すんだ?って、すごくネタにしてきます。
僕が家で何か失敗するたびに、「あれ? 大人の条件は?」って言われるんです。
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narumi:タイトルがタイトルなだけに。
林さん:そう。本を出していて毎回思うのが、本はやっぱり編集者がつくっているということなんですよ。
映画は映画監督がつくっているじゃないですか。脚本家はつくっていないですよね。脚本家はコンテンツを渡しているだけです。
だから、映画は映画監督がつくっていて、本も編集者が毎回つくっている。
narumi:そんなふうに自分に言い聞かせないと平静を保てないわけですね。
林さん:そうですね(笑) 編集者から「大人になるように教えるという本をつくりたいんですけれど」と言われて、僕もそれはありだなと思ったんですけど、やっぱり恥ずかしいものです。
タイトルもだいたい編集者が決めてしまうんです。アイデアを出しても、だいたい最後は編集者が決める。それで「大人の条件かあ…」と。
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でも、そのほうが店頭でお客さんが手にとるのはわかっているんです。
narumi:編集者は本のプロで、書店の棚を見ている人ですもんね。
林さん:そう。わかっているけど、恥ずかしいんですよ。あと調子に乗ってるとか、叩かれたらどうしようとか思っちゃって…。
林さんは意外と? めっちゃ戦略的に考えている
narumi:でも読んでみると、ここに書いてある「大人の条件」の数々。納得感がありました。僕もいい大人なんですが、ハッとする部分が多々ありまして。
林さん:そう思ってもらえるように、できるだけいろんなところに当たるように投げてはいるんですけど、これはもともとcakesの連載をまとめたものでした。
たぶん同じような仕事をされているからご存知かと思うんですけれど、人って「自分が間違ってるかな?」って思うと、クリックすることがあるじゃないですか。
narumi:たしかに、ありますね。
林さん:「あなた、口が臭くないですか?」って書いてあったら、どうしてもクリックするとかありますよね。そういうので一応クリックさせて、読ませて、最後にもう1回ひっくり返しているような。
そういう「ああ、なるほど」と思わせるようなものを書くと、PV数が伸びるということに気づきます。
cakesってPV数でギャラが変わるんですよ。それで途中から、僕もcakesを書きながら、こういうテクニックがいいんだということを学んで、そういうものばかりをまとめた本なんです。
だから、大人の人も「あら?」と思うように、意識的にしているといいますか。
narumi:「意外」と言ったら失礼かもしれませんが、めっちゃ戦略的じゃないですか。
林さん:ええ。自分でも思うのが、僕は大学を中退してホワイトカラーの仕事をしたことがないんですけれど、もしも大学を卒業していたら、広告代理店みたいなマーケティングとかリサーチとかがすごく好きなので、そっちにいっていたんじゃないかなと。
こういう感じだと伸びるんだな、とか、そういうことを考えるのがすごく好きなんです。そうやって書いている部分もあります。
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narumi:じゃあ試行錯誤をして、こういう結果が出たら次はこうしてみようとか、きちんと考えながらやられているんですね。
林さん:そう。決して書きたいことがあるわけではなくて、こういうことを書いたらシェアされやすいんだな、とかを考えるのがすごく好きなんです。
narumi:意外すぎます。でもたぶん、林さんはそういうふうに見えないのがクールなんでしょうね。飄々としているイメージがあります。
林さん:そうですか、よかったです。そう言われるとすごく助かります。
narumi:ここ、カットしておきましょうか(笑)
インターネットの空気と共感と
narumi:僕が林さんに「大人」を感じるのは、本の中でさらっと「僕もやってしまいますが」とか「実は僕もめちゃくちゃ嫉妬してしまうんですが」みたいに書かれるところ。そういう姿勢こそ大人に必要なんだろうなと思いながら読みました。
林さん:やっぱり今はインターネットで書いているので、共感というものは大事なんだと思います。
共感してもらえると、「著者もそれで反省してるんだな、じゃあ僕も反省しよう」とかね。やっぱり共感が一番のポイントになりますから。
narumi:みるからに完璧な人に「大人の条件はこうだ!」とか言われても、聞き入れられないですからね。
林さん:そうですね。いまは特にそれが一番嫌われますよね。リベラルが嫌われる…というのはよくあるじゃないですか。正論ばかり言う人達が嫌われている。
あれってやっぱり、本当にあなた達は悪いことをしたことがないの?とか、誰かを差別とかしたことがないの?とか、そういう反感がすごく多いからだと思うんです。それもインターネットの特徴かなという感じがしています。
narumi:そういったいまのインターネットの空気や、上手な振る舞い方みたいなものがあるじゃないですか。林さんはそれをどこで学ぶんですか。
林さん:僕はいま51歳なので、携帯電話も持っていなかったですし、全然インターネットもやってこなかったんです。本当に全然無縁だったんです。
インターネットのことは「書きながら」学ぶ
林さん:これは話せば長くなるんですけれど、僕は最初、インターネットに全然興味がなかったんです。普通に小説を書きたかったのと、こういう(ボサノバのような)音楽にすごく詳しくて、音楽ライターもずっとやっていました。
でも3.11の震災のあとに、リーマンショックもあるんですけれど、すごく売り上げが落ちてしまった。それでどうしようかと思った時期にお客さんから、「Facebookやってみたら?」と言われました。
初めは音楽のことやワインのこと、そういうおしゃれなことを書いてみたんです。そうしたら、全然いいねがつかないし、フォロワーも増えない。
どうしようかなと思って、恋愛の話とか、「こういうお店は儲かる」みたいな話を書いたら、すごくシェアされ始めたんです。
それでnoteの会社の社長である加藤貞顕さんという人に、もともとうちの常連だったんですけど、ある日突然「林さん、うちで書かない?」と言われて、そこから始まったんです。
だから、インターネットのことはよくわかってなかったんですけど、恋愛の話とか嫉妬の話とか、そういうことを書いたらすごくシェアされるんだということがそこで初めてわかって。
その頃から学習し始めたんですよね。だからスタートが遅いので苦労している部分はきっとありますね。
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男性の「デートでどこに行けばいいか問題」
narumi:僕、林さんに聞いてみたいことがあって。最近、若い後輩から「お店選びに悩んでいる」と言われました。デートのときにどうしてもそのへんにあるチャラいバルに行って適当なアヒージョを頼んでしまうと。いったい何が正解なのかと聞かれたけど、僕もわからなかったんですよ。
林さん:なるほど。でも、お店の選び方とか、そういうものって、自分で何度も失敗して経験するしかないんですよ。
喧嘩とか、セックスとか、告白するとかって、何回も失敗して経験するしかない。それはもうしょうがないものですよね。
でも一番いいのは、知っている詳しい女性に聞くということ。もしもデートでしたら、詳しい女性に、「今度こういう女性とデートに行くんだけれど、どういうお店がある?」と聞く。
男性で恋愛に悩んでいる人がいたら、女性に聞くというのが一番いいんです。女性って、「こういう女の子にはこういうプレゼントをあげたほうがいい」とか、そういうのを男性にアドバイスするのがすごく好きなんですよ。
narumi:たしかに、目をキラキラさせながら教えてくれる。
林さん:そうなんです。だから、女性に聞くのが一番ですね。女性のほうが男性より詳しいですから。
「どういう女の子? だったらこういうお店のほうが好きだと思うよ」とか。女性に聞くのが一番です。
narumi:ありがとうございます。伝えてみます。彼にそういうことを聞く女友達がいるといいですが。
ふつうの人ほど「多作」がいい理由
narumi:ほぼ毎日noteで記事を書いていますけど、夜遅くまでバーで働いていて、どういう時間配分で書き物をされているんですか。
林さん:よく言われるんですけれど、僕は書くのがすごく早いらしいんです。2000字くらいを30分か40分で書けちゃうので。
あとはこんな実験があるのを知っていますか。
美大生のこっちの10人のグループには、たった1作だけすごく完璧ないい作品をつくりなさいと言って、こっちの10人には、何でもいいからとにかくたくさん作品をつくりなさいと言った。いいものとか何だとかは考えずにね。
そうしたら、たった1作をつくったグループよりも、たくさんつくったグループのほうがいい作品ができたらしいんです。
narumi:たくさんつくった中にぽつぽつといいものが生まれてくる。
林さん:そうなんです。もちろん駄作もいっぱいあるんですけれど。自分のアイデアって数が知れている。でも、何作も何作もつくらなきゃいけないと、無理やりひねり出さなきゃいけない。自分の範囲を1つ超えなきゃいけない。
そうやって考えるから、やっぱりたくさんつくったほうが新しいアイデアが出てくる。さらに打席にたくさん立ったほうが、もちろん三振や空振りもいっぱいあるけれど、たまにホームランが出る。だから基本、多作なほうがいいんです。
そういうものを読んで、なるほどなと思って。僕は自分の才能が70点くらいだと思っています。
70点の人がいい作品をつくるには、たくさん書くしかないってずっと思っていまして、それでいまのスタイルがあるんです。
時間でいうと、11時くらいにお店に入って、いまは20時に開けているんですけれど、その間に1日3本くらい何かを書いています。
narumi:すごいですね。じゃあ、かなりのスピードでポンポンと。むしろ、ポンポン出すからいいんですかね。
林さん:そうなんです。あとは、すごく直しすぎたりとか、初めの勢いがなくなっちゃったりとか。ミュージシャンのお客さんも多いんですけれど、やっぱり一番初めに録音したものが一番いいらしいんです。
narumi:スタジオの、最初のテイクがいい。
林さん:スタジオで何回も何回も録り直しても、やっぱり最初の、あの瞬間の荒削りさが、2回目、3回目には落ちちゃうらしくて。
narumi:才能が70点というのは、「自分はわりと普通の人である」という自覚を持っているわけですね。
林さん:そうですね。そこは常に意識しています。60点の人には申し訳ないんですけれど。
ネタ探しは「ブックオフ」と「ジップロック」で
narumi:凡人こそたくさん書くべし、と。じゃあいったいネタはどこで見つけてくればいいのか。林さんはエピソードトークの天才だと思います。そういうネタはどこで探してくるんですか。
林さん:いやこれが70点ゆえの、こうやって集めなきゃ、というのがあります。
僕はいま結婚しているので当然恋愛はしていないんですけれど、恋愛ネタが一番ウケるって知っています。たぶんみんな恋愛とセックスに興味があるんです。だからそこに投げようと思って、恋愛本というものをすごく読んでいます。
narumi:本屋さんには必ず恋愛コーナーがありますからね。
林さん:そういう恋愛コーナーにも行っているんですけれど、本当に一番やっているのは、ブックオフに行って、ガーっと買うんです。「銀座のママが教える男の何とか」とか。
そういうのをガーっと買って、ザーッと読んでいって、そうか、これは使えるなとか思いながら読む。
narumi:それはもう、70点ならでは勉強法というか。きっと天才の方はやらなそうですね。
林さん:絶対にやらないですよ。ご存知のようにブックオフって「売れた本」があるので、100円本とかって、みんなが読みたがっていた本なので、100円本からガーっと買っていく。
それで全部チェックして、そうか、こうやって口説くのかとか、チェックしています。
narumi:ブックオフ、最強じゃないですか。
林さん:僕は基本的にどんな場合でも、本を読みながらこうやって横に小さなメモ用紙を置いて書き込んでいきます。
書いたメモはこんな感じでジップロックに溜めていくんです。思いついたこと、読んだことをどんどん書き留めて、入れて、こういう時間とかにバーッと出して、そうだそうだ、こんなのがあったなと。
「嫉妬とどう付き合うか」が問われている
narumi:この本を読んで印象的だったのが、嫉妬についてかなりのページを割いていることでした。「大人の条件」と「嫉妬」というものは密接に結びつくものなんですか。
林さん:そうですね。僕はよく嫉妬するので、そういう自戒も込めて「毎回なんでこんなに嫉妬しているんだろう?」と思って書いていて。やっぱり書くと、シェアされるんですよね。
インターネット以降、嫉妬が一番みっともないじゃないですか。人を叩いたりとか、誹謗中傷をするとかって、だいたい嫉妬なんです。
たとえばすごく有名なお店が悪口を書かれていると、これは同業者が書いているな、とかわかるわけです。
どうしても嫉妬が、インターネット以降、とても目についてくるものだったので、それは書いておきたいなと思っていました。
narumi:嫉妬ってやっぱり人間誰しも出てくるものだと思います。でもそれをちゃんと乗りこなす方法、林さんはどうしてますか。
林さん:嫉妬を感じたら、まず自分でなんで嫉妬したのかを分析すること。あとは、その嫉妬をバネにするしかない。で、書いてまぎらわす。こんなことで嫉妬しちゃった、と。
narumi:書いた瞬間、自分の小ささが浮き彫りにされますからね。まずは認識する必要があるということですね。
林さん:とはいえインターネットというものは、いろいろなものが見えてしまいますからね。
けんすうさんが言っていたと思うのですが、「SNSは人類には早すぎた」と。僕も絶対にそうだと思うんですよね。
どうなると思いますか? SNSはやっぱりこのまま燃え続けると思いますか?
narumi:そうなると思います。
林さん:そうですか。誰かがちゃんとしようとはならないですか、Twitter社とかが。
narumi:どうでしょうね。仮になんらかの規制があって、礼儀正しい人達だけが入れるSNSができたとしても、みんなつまらなくて閑散としちゃうと思います。
林さん:ああ、つまらないですよね。燃えるからこそのあれなんですよね。
林さんにとって大人の条件ってなんですか?
narumi:前にツイートされていましたけど、本の取材を受けたときに「林さんにとって大人の条件は何ですか?」と聞かれて、困ってしまうという。いま聞いてみてもいいですか?
さっき初めての新刊の取材を受けて、「林さんにとって、大人の条件って何ですか?」と質問されて上手く答えられませんでした。これから何回も聞かれるから考えておかなきゃです。
— 林 伸次 (@bar_bossa) November 16, 2020
営業時間は8時から12時までです。
というわけで今日もお店で待ってます♪https://t.co/m6sDIITUEj
林さん:これはもう、本当にすごく困っていて。どうしようかなと。言えば言うほど薄ら寒くなってしまうので。
やっぱり人のためになろうとか、人の幸せを考えようとか、そういうのは考えるんですけれど、うーんすみません、まだ思いついていなくて。
narumi:大変ですね…そういうタイトルの本だから。
―――――――――
という感じで、いろいろとお話を聞きました(まだこの倍くらいの分量のテキストがあるんですが、あまりに長くてもなと思い、削っています)。
話してみてびっくりしたのが、林さん、「むっちゃ考えて書いてる」こと。そりゃ誰だって考えて書くのは当たり前ですが、「PVとか気にするんだ?」っていう。人間らしいところが意外でした。
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「なんとなく書いたnoteが人気になっちゃいましてねぇ、フォッフォッフォッ」みたいな感じを勝手にイメージしていたのですが、渋谷のど真ん中で23年間もバーを経営してきてるわけですから、そりゃ仮説・検証・再チャレンジの連続ですよね。
ご本人は「自分の大人の条件はわからない」とおっしゃっていますが、本に書いてある各項目を読んでいると、伝わってくるものがあります。
「こういう自慢はよくないよ」「嫉妬の感情はこうやって扱おう」「人のロマンを笑っちゃダメだよ」「最後は素直な人が成功するよ」「若者がおじさんから聞きたい話、聞きたくない話はこうだよ」
「大人の条件」と聞くと大仰だけどさ、こういう細かいポイントを押さえるだけで全然違うんだよと、本書は教えてくれます。おすすめです。
たぶん、ここに書かれていることは、あの林さんも現在進行系でがんばっているところで、目指している大人の姿はきっとその先にあるんでしょうね。
ネタバレとかはたぶんないと思うので、引用させてもらうと、本の最後はこう締めくくられていました。
自分よりも下の世代の人たちに「飲みに行きましょうよ」とか、「今度、食事行きましょうよ」とか、「バーって行ったことないんで、連れてってくださいよ」とかって言われたことはありますか? もしかして、若い世代から「今度、飲みに連れて行ってくださいよ」って言われるのが、一番カッコいいことなのかもしれません。
わかる。
だれか、「bar bossaに連れて行ってください」って言ってくれませんか。
昼間に1回行っただけの僕が案内しますから。