【小説】奥穂高岳に登る 2.上高地から涸沢へ その1
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「そろそろ行こうか」
俊の声で目を覚ます。
私は車の運転席でうたた寝をしていた。
外は白いもやに包まれ、遠くまではよく見えない。
時計を見ると4時を少し過ぎたくらいだった。
9月初旬。あたりはまだ暗い。
昨日の夜10時頃に私たちは桐生を出た。交代で運転しながら、さわんど駐車場に着いたのは2時過ぎ。4時間超えの道のりだったことになる。
奥穂高岳の登山口、上高地はマイカー規制のため直接行くことはできない。車は麓の駐車場に置いてバスで向かうことになる。
車内で2時間くらいは仮眠ができただろうか。
眠いのを耐えながら身仕度を整える。
俊の実家での姉弟ケンカ、もとい、話し合いの後、龍子さんに付き合ってもらい、近くの作業着などを取り扱っている店でウェアと雨具を揃えた。本当は登山用品店に行きたかったそうだが、うちの家計事情にあわせてくれたようだ。
靴については結局俊のお母さんのものを借りた。靴は自分のでないと龍子さんは言ってくれたのだが、高いからと俊が譲らなかった。自分の道楽に付き合わせるのだから、それくらいは出せよ、とも思ったが、家計を預かる身として節約できるところはしたいので、俊の意見を採用した。
だったらせめて履き慣れておきなさい、というアドバイスを龍子さんからいただいたので、私はことあるごとにお母さんに借りたトレッキングシューズを履いて歩いた。お陰で今は違和感なく履けている。
なので自分の靴が欲しくなるかどうかは、今回次第、ということで納得することにした。
駐車場からさわんどバスターミナルへ移動し、チケットを買ってバスを待った。
ハイシーズンは過ぎた9月のはじめというのに結構な人数が並んでいる。上高地から行く山は人気があるんだな。
俊を見ると、今からワクワクが止まらないという感じ。よくよく聞いたところによると、上高地のほうから登るのは高校生の時以来らしい。よっぽどいい思い出があるんだろうな。
つられて少し楽しみになってきたような気がした。
さわんどバスターミナル5時発のバスで上高地を目指す。
つづら折れの山の中の道をバスは進んだ。
30分ほどで上高地バスターミナルに到着。
バスを降りると、朝日をあびた北アルプスのはるかな山並みが目に飛び込んできた。
まさしく雄大な自然。あまりのスケールに圧倒される。
桐生も山に囲まれた自然豊かな町ではあるが、それとは違うどこか厳しさをもつ壮大さが北アルプスの山々にはあった。
そんな私の様子を見て、俊はどうだすごいだろと言わんばかりのドヤ顔をしている。
うんうん。確かに来てよかったよ。
でも、もうここでよくない?
これから6時間以上歩くことを思うと、自然とそんな気持ちが沸き上がってきてしまうのだった。
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