社会不適合者への愛が溢れる『アルティメットセンパイ』
最近なぜかyoutube動画で『アルティメットセンパイ』という楽曲がおすすめで流れてきて、なんとなく聴いてみたら心を抉られました。まるで自分のことを歌われているようだと思いました。
なぜこんなに私の心が抉られたのか、私自身が知りたいので、歌詞を逐次追いながら考察したいと思います。昨日の記事で書いた「私が好きなものを存分に語る」って趣旨にもかなうと思うので、さっそくやっていきます。
ざっくり私に刺さったであろうこの歌のテーマは「社会不適合者の悲哀」ってところでしょうか。それでは始めます。
最初に「あんたは食ってる」と書いてあるので、この人物(アルティメットセンパイ)を外から見ている人が描写している内容のようです。
昨日のバーガー食ってるってのは意味がよく分からないですが、12個もG-SHOCK持ってるのは変ですね。どうも奇行が目立つ人物のようです。
「真面目に書いてる ブログが怪文書」……くっ、私のnoteが怪文書呼ばわりされている気分になる……。
「センパイ」と呼ばれているということは、学生なんでしょうか。学生だけど「センパイ」と呼ばれていると言うことは、学年的には上なんでしょうか。高3とか大学4年とか?あるいは卒業したフリーターまたはニートかもしれません。
「アルティメット」というのは表面的には褒める言葉のようにもとれますが、実際には揶揄する表現に思えますね。一見すると褒めているようでも、内心馬鹿にしているような表現に思えます。「アルティメットwwwセンパイwww」という語感でしょうか。
いきなり心当たりがあるような描写で心に来るんですよね……。
私はダンス踊ったり歌ったりしませんでしたが、ここで示されているのは周囲から明らかに浮くような奇行をしている、と言うことでしょう。しかもそれで調子に乗ってしっぺ返しを食らう、ということも示されています。
私も一時、街中を一本歯の下駄で歩き回っていたことがあるので、奇行具合ではアルティメットセンパイに負けていません。しかもそれで周りに噂されていることに調子に乗っていたので、アルティメットセンパイと全く同じです。黒歴史ですね。はい。
思わず「それな!」と言ってしまいたくなります。欲に振り回されっぱなしな人生だし、突然出家しようとしてすぐにやめてしまうくらい無計画な人生なんです。
それにしても無計画な人生を「全盛り 朝食バイキング」と表現するのはなかなかセンスありますね。
これも刺さる……。私ももがいていますよ、鳴かず飛ばずの毎日を……。
無計画で鳴かず飛ばずなら、当然将来は不安定ですよね。
「狂っているのは一体どっちだい?」という問いはアルティメットセンパイの思いでしょう。
「みんな俺を狂っているっていってるけど、本当に?世界の方がおかしいんじゃないの?」という気持ちを表わしていると思います。
「また」というのが悲しいですね。一度じゃないんですよ、失敗が。「今日も」大失敗って言ってますしね。
「味方を蹴っちゃった~」以下の歌詞で示されているのは、人間関係に関わる失敗だと思います。これまでの歌詞で、アルティメットセンパイが社会から明らかに浮いた存在であることが示されています。いわゆる社会不適合者とされる人でしょう。
「味方を蹴っちゃった」とは、自分に良くしてくれている人を悪気もなくディスってしまった、あるいはそういう人に甘えてしまって失礼なことを言ってしまい、その人が離れてしまったことを表現しているのかもしれません。
「敵を庇っちゃった」というのは一方的に「この人良い人かも!」と思って仲良くしてたら裏切られたのかもしれません。多分、その人は傍から見たら明らかにアルティメットセンパイの敵だったりするんでしょうね。それでもアルティメットセンパイには味方に見えちゃった。そして裏切られる。
「自分を撃っちゃった」は自分の信頼を決定的に損なう失態を冒したのかもしれません。あるいは、自分自身を傷つける、いわゆる自虐的な振る舞いを指すのかもしれません。
「でもやってやんよ絶対」と自分を鼓舞しているのでしょう。ここまで失敗だらけでこの啖呵を切れるのは凄い精神力ですね。もしくは、啖呵を切らないとやってられないのかもしれません。
「孤独に世界と戦っている」というのは、アルティメットセンパイにしてみれば、世界は自分を傷つける敵ですから、戦うしかないんですよね。しかも、他の人にとっては敵ではないので一緒に戦ってくれる人はいない。だから独りで孤独に戦うしかない。戦っているんですよ。
「無意味に着ている ゲバラのTシャツを」というのは、世界と戦っているため革命家を気取っているからでしょうか。「無意味に」とあるので、何となく雰囲気でカッコよさそうと思って着てるだけかもしれませんね。「俺は深く考えてるぜ」感を演出したいだけかもしれません。
「無意味に買ってる 路上で売ってる詩を」というのは、売れない無名な詩人に自分の鳴かず飛ばずの現状を重ねてシンパシーを覚えているのかもしれません。
「無意味に待ってる もう いない人を」
唐突に悲哀を感じさせる表現が出てきましたね。死別したから「もういない」なのか、その人との関係性が終ってしまい、もう二度と関わることができないから「もういない」なのか。いずれにしろ、未練ですね。執着と言えるかもしれません。
もしかしたら、アルティメットセンパイが社会不適合になった原因の一つに、この人との離別があるのかもしれません。そう考えると重い表現です。
「自分を騙して後悔する」
無自覚に自分を騙してしまうんですよね。自分の気持ちに嘘をついてしまう。多分、自分を騙す動機は、「失敗しないようにしよう」だと思うんですよね。周りに合わせようとして自分に嘘をついて行動するけど、やっぱり失敗してしまう。周りから見て奇行と思われる行動をしてしまう。
「変な薬は飲めん」という歌詞が引っかかりました。
アルティメットセンパイは発達障害または精神疾患を抱えていて、投薬を受けているのかもしれません。しかし、処方された薬を飲んでいない、ということを表現しているのかもしれません。
そうなると、確かにそれは社会で生きるのは非常に辛いでしょう。周りからも変人扱いされるのも納得です。
「薬なんぞ飲まん」という意固地なところもアルティメットセンパイらしいと言えばらしいです。歌詞の内容から、発達障害であればASDのように感じられますね。なおのこと私のことを歌ってるのかと思ってしまいます。
ここもめっちゃ刺さるんですよね……。
「ちゃんとした人」というのは社会で真っ当に生きている人でしょう。特別な成功者でなくても、コミュニケーション能力が高く、友人が多く、要領が良い人だと思います。陽キャのことかもしれません。
アルティメットセンパイにとってそうした人は恐怖の対象です。自分を傷つける「世界」の代表みたいに感じられる人物なので、そういう人に出会った時は自分の至らなさ、社会不適合な部分がいつも以上に浮き彫りになり、非常に居心地が悪くなりますので、隠れたくなります。何もしたくなくなります。閉じこもってしまいたくなります。その状態を「貝になる」と表現しているのでしょう。
一方通行な恋には心当たりしかない……。
というか私は、自分を受け入れてくれそうな相手を好きだと勘違いしていただけなので、一方通行の恋でさえなかったかもしれない。
「また間違えちゃった」というのは何を間違えたんでしょうね。相手にかける言葉や相手に対しての行動か。私の場合は始まりから間違えてるんですけどね。好きだと勘違いしてただけなので。「案の定玉砕」だけは一緒だけど。
この状況で「泣かないよ絶対」は凄い精神力ですね。でもわざわざ「泣かないよ」と言っているということは、「泣きたい」という気持ちがあることの裏返しです。けっこうメンタルにダメージを負っている状況です。
「不器用に夢をなぞっている」
ここまで失敗だらけでも夢を失っていないのは凄いですね。
そしてもう一つ、アルティメットセンパイを見ている人がアルティメットセンパイが「不器用」ながら「夢をなぞっている」ことを認めているのは意外ですね。アルティメットセンパイにも大事にしているものを心に抱いているんだ、というのは意外にも周囲に伝わっているのかもしれません。
ただ、「夢をなぞっている」と言っても「夢を追っている」とは言っていないので、全力で夢に向かって進んでいる、という感じではないのでしょう。自分の求めるものはあれど、そこまで積極的に求めることはできていない状況を「なぞっている」と表現しているのかもしれません。
「この世の終わりみたいな顔」して「めっちゃ落ち込んで」「反省して」るから、学習したかと思ったらまた同じ失敗をする。だから周りからは「頭の中ではお花が咲いてる」と思われてしまう。
でも、実際は本当に反省してるんですよ。で、めっちゃ落ち込んで「俺は本当に駄目な奴だ……」と思ってるから「この世の終わりみたいな顔」になる。それでめっちゃ考えて考えて、考えすぎてまた失敗しちゃう。
失敗したくて失敗してるんじゃないんです。自分なりに一所懸命考えて行動してもやっぱりまた失敗しちゃうんです。普通の人が10の労力でできることが、100の労力を用いないとできない。でも100の労力を出し続けることができなくて、すぐに息切れしてまた失敗してしまう。それで「俺は駄目な奴だ……」の繰り返し。成功体験は得られず、失敗体験ばかり積み重なってしまう。
なんの弁明をしてるんだ、私は……。
めっちゃいろいろ考えてます。考えて考えて考えて考えすぎて、考えすぎて空回りしてまた失敗しちゃうんです。あるいは考えすぎて行動ができずに立ち止まってしまう。立ち止まっていることを指摘されて無理に動こうとしたらそれもそれで失敗しちゃう。
しかも考えすぎて自分でも何考えてるか分からなくなっちゃうんですよね。
何やっても、どう動いても失敗しかないから、自分を陥れる謀略があちこちにいっぱい張り巡らされてるような感覚になるんですよね。世界が私を陥れる謀略を張り巡らしているように思えてしまう。だからしんどくなっちゃう。本当に。
社会と継続的に関係性を維持できないから、結果的に将来は不安定になりますよね。社会(他者)と継続的な関係性を維持できないと、だんだんと狂ってきます。
今日朝起きたらその時点ですでに不安です。今日一日うまくやっていける気がしません。
明日(未来)のことを考えても不安です。今日上手くやっていけないのに、明日(未来)が上手くやっていけるとはとても思いません。
「どうすりゃ正解か、今はわかんないや」という独白は本当にその通り。
私が毎回「間違っている」のは分かる。「ああ、間違えた」という感触だけ毎回分かる。でも、じゃあどうすれば「正解」だったのかはさっぱり分からない。どうすれば良いか分からないから、次もまた「間違える」
そして「また間違えた」という感触だけ積み重なる。成功はない。「間違えた」という感触だけどんどん積み重なっていく。不安は増すばかり。「今日も」「明日も」不安しかない。
「でもやってやんよ絶対」は先述した通り自分を鼓舞しています。一種の強がりとも言えます。
しかし、こうやって気持ちを前に持って行けるのはすごいですね。おそらくエネルギーがあるからでしょう。アルティメットセンパイは若い人なのでしょう。歌詞から想像するに、仕事が務まるように思えないので、学生のひきこもりか20代前半のニートかもしれません。
若いうちは「でもやってやんよ」と言っていられます。エネルギーはありますし、実際、その時点から行動すれば変わる可能性はあります。若いうちはね……。
でも「ゆっくり地球は回っている」=時間は経過していく。アルティメットセンパイも歳をとって行きます。この歌で歌われているままであると、アルティメットセンパイは現状から変わることはないでしょう。さて、この後アルティメットセンパイはどうなるのでしょう?
しかし、「ゆっくり地球は回っている」を「ゆっくりでも変化している」と解釈すれば、アルティメットセンパイも変化して現状を変えられる可能性があるのかもしれません。
変わらないで苦しんだままなのか、変わることで現状を打破できる可能性を示しているのか、さて、どちらなのでしょう。
最後の「ああ」は消え入るようなか細い声です。MVでも小さいキャラが「ああ」の後で弾けて消えます。なんらかの隠喩であるとも思えますが、さて、どうなのでしょう。
ここまで歌詞を追っていくと、少なくともこの歌詞の目線で言う「アルティメットセンパイ」という呼称は最初に考察したような軽侮の意味合いはないように感じます。純粋に応援しているのかもしれません。
「アルティメットセンパイ」への冷静な視点と、彼/彼女への受容の姿勢が見えます。「でもやってやんよ絶対」という彼/彼女の気持ちも受け止めているように感じます。
それにしても歌詞の内容のほぼ全てに心当たりがあり過ぎて、非常に苦しかったですね。私の黒歴史を暴かれたような気分です。
「どこが刺さった?」と聞かれると「全部」としか答えようがありません。ピノキオピーさんは社会不適合者への理解度が高いですね。
明るい曲調でコミカルなMVなので暗い雰囲気は出ませんが、歌詞に描かれている状況はけっこう危機的に思えます。
しかしそれをアルティメットセンパイを責める曲調ではなく、また安易に励ますわけでなく、愛を持って眺めた描写に思えます。
そう、「愛」ですね。非常に「愛」を感じます。ここまで細かな描写は愛がないとできないと思います。作者のピノキオピーさんの愛を感じる作品でした。
ということで『アルティメットセンパイ』の何が刺さったかを言語化することができました。良かったら皆さんもお聴きください。「こんなけったいな人生を生きてるやつがおるんか」と生温かい目で見守っていただけると幸いです。
本日は以上です。スキやコメントいただけると嬉しいです。
最後まで読んでくださりありがとうございました!