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【長編小説】(56)青く沈んだ夜明けの向こう

もう少しで俺の住まいであるボロアパートが見えてくるというところで警察官に呼び止められた。
人目の多い大通りで啜り泣く女性を背負ってしこたま走ったのだ。俺たちの様子がおかしいと思った人がいたのだろう。
2人組の警察官は、加害者に向けるような視線を揃って俺へ向けた。これはある程度仕方のないことだろう。かたや儚さ丸出しの小柄な女性、かたや目つきの悪いガタイのいい男。これが何らかの事件だったとして、加害者たるは俺の方だ。
この時にはもう泣き止んでいた瑠璃をそっと地面に降ろして、不躾な質問を覚悟しつつ、この状況をどう説明するべきか俺は悩みに悩んだ。一方、瑠璃はと言えばこの時代の警察官の姿が物珍しいようで、好奇心丸出しの視線を彼らに向けていた。
警察官は形式的な質問を並べた。何をしていたのかとか、住まいはどこだとか、身分証はあるかとか。俺の高校の学生証を確認した警察官が、瑠璃へ向き直る。彼女が身分証を出すのを待っているようだが、何せ彼女は財布さえ持っていない。どう誤魔化すか悩んでいたら、不思議そうな顔をした彼女は口を開き、

「私たちは浮かれた恋人同士ごっこをしていた。それだけだ。それを呼び止めて検分するとはどう言うことだ?個人が何をしようと勝手だろう。人様に迷惑をかけているならまだしも、私たちは走っていただけだ」

バッサリと一言。
思いもしない言葉だったのだろう。一瞬ぽかんとした警察官は、次の瞬間には「心配して損した」とでも言いたげな顔をして去っていった。瑠璃は彼らを珍獣でも見るような視線で見送り、「何だったんだ、一体」と。

「……瑠璃、」
「何だ?君の家はあっちか?」
彼女は歩いて行こうとしている。
「お前、強いな」
「何だ急に。具合が悪いのか?」
「いや……いいんだ。お前はそのままのお前でいてくれ」
「家はこっちで合ってるか?」
「ああ。もうすぐ見えてくる」

人気のない住宅地の間を縫う一方通行の道を行く。背負っていくという俺を「もうすぐなら歩く」と断った彼女の、つま先についた砂粒を見ていた。


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