『月はまた昇る』徳間書店 あとがき
はじめましての方も、何度目かの方も、こんにちは。成田名璃子です。
あとがきが大好きなのですが、あとがきが存在しているのはデビュー元であるメディアワークス文庫だけ、というわけで、九月八日刊行の『月はまた昇る』(徳間書店)が初の単行本ということもあり、あとがきをこの場で書かせていただくことを急に思い立ちました。(情報は末尾をご参照あれ!)
まずは、このコロナ禍で、経済的あるいは健康にまつわる被害をこうむった方々、さらに今夏の自然災害において被害に遭われた方々に心からお見舞いを申し上げます。また、突然の休園・休校・リモートワークなどで、育児に奮闘された方々、本当にお疲れ様でした。
さて、私事ながら、夫の転勤先だった群馬県から再びの転勤で去年の秋に引っ越しをしたところ、なんと保活に破れ、冬から春にかけて、息子を保育園難民にさせてしまいました。難民生活は過酷で、明るかった息子が荒れに荒れてしまい、家の中ではよく怪獣のように「あーーーー!」とわめくわ、「どうしてお引っ越ししちゃったの!?」となじってくるわ、親としてはもう「ごめんね、ごめんね」と謝るしかない日々でした。どしゃぶりの雨の中、道路に寝っ転がって「お友達とごはん食べたいいいいいい!」と泣きわめく息子を前に、こっちまで泣いちまったこともあります。プレ保育で通えることになった夕方まで預かってくれる幼稚園でもやはり息子は不安定で、最初の頃はひどく乱暴な振る舞いをしていたらしく、園長先生直々になるべく早く迎えに来て欲しいと言われて途方にくれたこともありました
さて、そんな中でも、ようやく春から通える幼稚園(預かりが最長八時まで!ありがたい!)を確保できてほっと一息ついたのも束の間。今度はコロナ禍発生です。
息子がカレンダーに花丸をつけて楽しみにしていた入園式はスライムかなというくらい延びに延び、四月は五月に、五月は六月になっていきました。その間の、息子氏とのなんと密な日々よ。正直、疲れたー、というのが偽らざる本音ですが、同じくらい深い場所で、楽しかったー、と笑っている自分もいたりします。
思えば息子が二ヶ月の頃から保育園に預け、初めて歯が生えたことも、もうバンボに座れることも、お着替えが上手になってきたことも、やさしくて頼もしく、海よりも愛情深い保育園の先生方に教えてもらってきました。スプーンやフォークの使い方もトイトレも、全部、全部、任せっきりでした。先生方のおかげで息子は、歳の割に自立し、誰に対してもオープンで、人が大好きなたくましい子に育ってくれたけれど、その間、私はどれだけ息子の貴重な初めてできた!を、失敗して悲しい!悔しい!を、日々のさまざまな表情を、指の隙間から取りこぼして過ごしてきたのでしょうか。すくすく育つ息子の傍らで、親として決して順調に育っているとは言えなかった自分の姿を、引っ越しからコロナ禍に至る流れの中で、これでもかというほど突きつけられた気がしています。
同時に、大きな発見もありました。休園中、リモートワークしていた夫と、主に午後二時までと二時から、で育児をシフトチェンジして行っていたのですが・・・執筆量があんまり変わらない!? もしかして私、午前中はしゃかりきに書かなくても締め切りに間に合うんじゃない? というのは言い過ぎですが、今まできちきちに組んでいたスケジュールを関係各位と調整しながらやれば、もしかして、これまで諦めていた(作家でも母親でもない)自分自身の時間というものが持てるのではないか、と気がついたんですね。で、さっそく始めました、ウクレレ。少し涼しくなったら、SUPというマリンスポーツも始める予定です。息子と二人で親子サークルにも参加して、月に一度はどろんこ覚悟で遊ぶことにもなりました。誰にとってもそうであったように、この春は私にとって大変化、大変身の時だったと思います。
さて、『月はまた昇る』は、私と同じく、いや、私以上にそれぞれ育児に奮闘するママ達三人が主人公の物語です。このコロナ禍のようなドラスチックな出来事はありませんが、三人三様、人生の転機にさしかかっています。
―保育園に全落ちし、キャリアの道が絶たれそうな彩芽。
―娘が保育園に馴染めないのに何もしてやれないシングルマザーの敦子。
―保育士に復帰したいのにモラハラ気味の夫のせいで働けない梨乃。
三人とも、針でつつけば破裂しそうなぎりぎりの日々を送っています。 人って本来進むべき道からずれると、そのズレが大きなほど、軌道修正せざるを得ない大きな出来事に遭遇するものだと思うのですが(この辺りの神様の采配の見事さといったら本当に芸術ですよね)、このぎりぎりな三人にはある共通の出来事が起こります。それが、通いたい保育園がないなら作ってしまおうという、挑戦です。三人とも、もちろん保育園経営の素人。その三人が、それぞれが惹かれ、反発し合いながらも、家庭に、育児に、そして保育園づくりに大奮闘するのです。
ママの立場からだけではなく、保育士さんや園長の立場から放たれる言葉、あるいは義母からの言葉には、私も書きながら胸にヤスリがけされるような痛みを感じましたし、三人が バラバラになりそうだった時は、作者ながら、この人達はどうなるのだろうとハラハラしながら原稿を進めていました。
さて、ようやくたどりついた物語の終わり、彩芽、敦子、梨乃の三人はどう変わるのでしょう? 少なくとも、元に戻りたいと思っている人物は一人もいないようです。
渦中にいる時は、敵、あるいは壁のようにして立ちはだかっていた全てが、あとから考えれば最高の味方だった、幸せの種だった、というのは決して珍しい話ではありませんよね。
願わくば、この読書体験が、皆さんに、嵐をくぐり抜けたあとのような爽快感をもたらしてくれますように。そして読書時間の外に広がるこの変化の時が、皆さんにとって、少しでも幸せの種を育てる時期になり、そう遠くない未来に花開きますように。
最後に、この物語をいっしょにつくりあげてくださった徳間書店担当Oさん、素敵な装画を担当してくだった芳野さん、装丁デザイナーの鈴木さん、また、本書が読者のもとへと届くまでにご尽力くださった全ての皆様、お手に取ってくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。皆様は、成田にとっての守護天使です。また、この本を書き上げるまで協力を惜しまずにいてくれた家族にも、心からの感謝を。
全然関係ないのですが、担当Oさんと初めて会ったのは魚座の新月の日で、本が刊行されたのは魚座満月の直後でした。そういうこと、あるよね。
みんな、無事で! ぼちぼち頑張ろう! 世界は今日も美しい!
九月吉日 成田名璃子
『月はまた昇る』徳間書店 の情報はこちら!https://www.tokuma.jp/book/b529003.html