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巡礼というあり方を社会に伝える難しさ
地に足をつくことを求める人がいる。
それが大人や立派、ゴール、ちゃんとしてる、というイメージに繋がるからなのか。
僕は、自分を本気で生きていたらなんでもいいし、人にはお役目や唯一無二の輝くなにかが皆んなあると思って生きているスタンス。
巡礼を本気でしてたら、それは地に足をついてることにもつながるし、旅人や放浪やニート=未熟、まだまだ、不安定みたいな扱いや概念が、年上世代の”あたりまえ”として
積極的にお布施していく
昨日こんなことを書きました。
感じて自分と相談したうえで、一旦この言葉を置いてみて、一旦これをしよう!と決めること、モード(意識)に入ってみたことで、すんなりと昨日それを実行してあげられました。
お布施することへの戸惑いはまだあるんだけど、それはあたりまえにあることとして感じてつつ、その上で、この行動をしているんだ・・・みたいなフローがありました。だから、やりやすかったです。以前から気分でお布
単発ではなく、継続的な、深まっていく関係性
丁寧に対話していきながら、関係性を育むゾーン(パートナーシップも含む)から
今は、時間の概念ではなく、短くとも、深いつながりみたいなところ
へ移行している感じ。
たった今、繋がる時に繋がる
みたいなそんな感じが好き。軽やかで、濃い。
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生き延びる、食べる 住むことが目的ではない
もうすぐ家がなくなる。
巡礼するからだ。
詳しくはこちらで話しています。
それにあたって、思うこと。
生存や生き延びることが目的ではないということ
だからそれが、目的になると
苦しいよなぁ、違うよなぁ、と。
食べさせてもらう
住ませてもらう
結果的に、そうなるんだろうけれど
あくまでそれを目的にしないでおきたい。
気を使いすぎたり、自己犠牲、自分を殺したくはない。
どうにか生きるた