教養とメンタル
自分や他人のことをよく否定する人の中には、視野の狭い人が多くいます。
客観的に見て大したことのない欠点や失敗を、重大な問題のように捉えてしまうのです。
それはあたかも、短いモノサシでモノを測ることに似ています。
10cmまでしか測れないモノサシを持つ人にとって、5cmのズレというのは大きいものですが、
10mまで測れるモノサシを持つ人にとって、5cmのズレというは小さなズレですよね。
多様な環境に身を置かず、多様な人間のあり方に触れて来なかった人ほど、人を測るモノサシが短くなり、
ちょっとでも自分の感覚や常識からズレた人を見ると、
「あの人はおかしい」
「あの人は普通じゃない」
「あんな態度はあり得ない」
などと感じて動揺したり、苛立ったり、人を非難したりしがちですが、
多様な環境で多様な人間に触れ、多様なあり方を知っている人は、人を測るモノサシが長くなり、
ちょっと変わってる人や、常識はずれの人を見たとしても、
「まあ、そんな人もいるよね」
「色んな生き方があるよね」
「人ってそういうものだよね」
という受け止め方で、それほど感情を動かしたりしません。
多様な経験や多様な出会いだけでなく、哲学や文学や歴史、心理学や脳科学などを学んで、人間という存在を多角的に理解している人も大きなモノサシを持っています。
そういう人たちは人間の持つ不可解な面や、不完全さをよく理解していますから、人の失敗や愚かさについて寛容であったり、
豊富な知識から相手の事情を想像したり、豊富な視点によって欠点に見える部分にも光を当てられたりします。
つまりは、その人の人生経験や教養の豊かさが、自分や他人の評価の幅をある程度、決めるということですね。
人生経験が乏しく、視野の狭い人ほど、狭い枠の中でこせこせとした批判をしてしまうものです。
そういう人たちに囲まれていると、あまり楽しくないですよね。
自分の経験や教養を豊かにし、豊かな経験や教養のある人と付き合うことで、自分のことも、他人のことも幅を持って捉えられるようになります。
そうすると余計な否定が減り、余計な摩擦がなくなり、メンタルが安定して穏やかに過ごせるようになる、というのが私の実感です。
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