さらさらと衣を鳴らして… - 好きな俳句
坪内稔典編『漱石俳句集』より引用します。
さらさらと衣を鳴らして梅見哉
漱石
”衣”は「きぬ」とふり仮名が振ってあります。
1899(明治32)年の作です。
”梅花百五句”と前書のある句稿の中の一句だそうです。
正岡子規にこの句稿を、2月に熊本から東京根岸の正岡子規へ送っています。
子規は漱石の句稿に添削・評を加えていますが、この句は無印です。
漱石先生は当時、熊本五高の先生で、新婚。
”五月、長女筆子誕生。”(江藤淳『決定版夏目漱石』)
子規は、この年”五月に病状悪化し、寝返りも困難になる。”(坪内稔典『正岡子規の<楽しむ力>』)
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以下、私なりのこの句の見方です。
まず、句を詠んだ漱石自身の自画像という読み方があると思います。
和装の漱石先生が、梅見に出かけた際の実景。
この”さらさら”という響きが、春とはいえ、まだ少し寒い空気感を出している。
ひんやりとした澄んだ空気、梅の甘い香り。
実はもう一つの見方を持っていて、これは梅見をしている人を漱石先生が見ている、というものです。
”衣をさらさら鳴らして”梅を見ている人を、漱石が眺めている。
この梅見をしている人は、うら若い和装の美人としたいのです。
”衣をさらさら鳴らして”いる、清楚な美人。
なんとも絵になると思うのですが、個人的な読み方になりましょうか。
さらに飛躍して、そういう和装の美人と並んで、漱石先生が梅見を楽しんでいる。
傍らの美女が、”衣をさらさら鳴らして”いる。
こういう見方でも、いいかもしれない。
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いやひょっとしたら、漱石先生ご夫妻が、二人で梅見かな。
身重の新妻と二人、梅見と洒落込む。
でも、新妻は悪阻やらヒステリーやら、前年には”井川渕に投身を企てる”などと年譜にあり、しかも漱石自身が神経衰弱に苦しんでいたらしいので、違うのかも。
別に実景とか実体験を、俳句に必ず読み込み必要もないわけで、”百五句”も梅の句を詠んでいるんだから、実体験の方がむしろ少ないに違いない。
まあ、”梅を見ている美人を想像している”くらいでしょうか。
”美人”でなくても、いいのですが…
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