全力で、真っ直ぐに。
どこか、
何をしてても没頭できない自分がいて
何をするでも、一生懸命やるけど
ホントの意味で長続きしなくて
そこに気持ちが載らない。
そんな自分がいました。
私は、
どこか愛することを恐れていました。
ホントは
愛したいこと、愛したいモノ、愛したい人
そこに集中して取り組むことが
すごく怖いんです。
私の母は愛情深い人です。
私は3人姉妹の次女で育ちましたが、
3人とも平等に愛情持って育てたい。
そんな気持ちがヒシヒシと伝わり
また、こちらの状況を先に読み取るように
事前に先回りして気を利かせてくれ動いてくれ、家族が仲良くなるように常に考えている。そんな人です。
私はそんな母を、
どこか怖いと想ってました。
先回りして先にしないで!
3人いても、3人それぞれ個性はあるでしょ!
一緒にしないで!
そんなに縛らないで、自由にさせて!
そんな風に想っている自分がいました。
でもそれは、例えば
私へ目掛けて豪速球で投げてくる球が
早すぎて
真っ直ぐすぎる
そんな球は私にとってとてつもなく
怖いモノでしかありませんでした。
なぜなら、
受け取るのが怖い。
それは私にとって
当たってしまったら自分自身を傷つけるものでしかないようにみえてしまって。
危害を加えるものにしかない。
そう想っている自分に気付きました。
だから向き合うのも怖いし
受け取るのも怖い
だから当然投げ返すこともできない
かといって、
投げてくる母から逃げることも怖く
母から完全に逃げることもできない。
そんな気持ちの私は中途半端に母と向き合い
テキトーな感じで距離感を創り、上手く乗り切ればいい。
そう想っている自分に気付きました。
でも、
私はそんな自分はもう卒業したい。
そんな母から投げられる球を
愛する人から投げられる球を
その愛を
私は笑顔で受け取り
私も精一杯、豪速球で返したい。
きっとそこには
逃げてきたトキにはみえなかった
感じれなかった
気持ちが
きっとそこには
逃げてきたトキにはみえなかった
感じれなかった
優しさや
嬉しさが
そこにはあるはず
私は、今まで
そんな気持ちや
そんな感情や
そんな想いからどこか避けて
生きていきたいのです。
だから何をしてても
どこか寂しさが着いて周り
何かしらやりきれず
生きることに集中できてない
恐れから逃げる自分。
でも、
そんな恐れはもういい!
自分の
愛する人、愛するモノ、愛するコトに
全力で、真っ直ぐに向き合える人でありたい。
もう中途半端にしたくない。
向き合って
受け取って
投げれる人でありたい
愛している人
愛しているモノ
愛しているコト
自信を持って
愛してる!と言いたいし
欲しい!と言える人でありたい
ホントの意味で
“愛する”を大切にできる人でありたい
きっとそんな人生は
今まで私が
“幸せだー!”
と想いこんでいた、幸せより
きっと、何倍も、何十倍も、何百倍も
経験したことのない
“幸せー!” が待っているはず
でも、それはとてつもなく
私にとっては勇気のいることなのです。
でも、これからは、真っ直ぐに
投げれる人であろうと想います。
自分の人生、誇れるように。