見出し画像

中級文法の教え方~初級とどう違う?

 日本語教師として教えていらっしゃる方の中にも、初級レベルの人には教えられるが、中級以上の人の教え方はよくわからないという方がいらっしゃいます。初級と中級の教え方の違いはいろいろとあると思いますが、私が一番大きい違いだと思うのは、中級以上の人は既に日本語の知識を持っているということです。たとえば、「大人-子ども」という語を初めて習う学習者なら、彼らが母語で持っている[adult-child]という概念を日本語の「大人―子ども」に結び付ければよいのですが、中級で「成人」や「幼児」という語を習うと、既に知っている「大人」「子ども」とどう違うのか気になります。文法の教え方で言うと、「ご飯を食べる」という動作の次に「出かける」という動作をすることを表すのに、「ご飯を食べて、出かけます」という表現しか知らない段階ではそれだけ使えればよいわけですが、「ご飯を食べてから、出かけます」「ご飯を食べた後で、出かけます」「ご飯を食べたら、出かけます」「ご飯を食べたのちに、出かけます」「ご飯を食べたうえで、出かけます」「ご飯を食べ終わり次第、出かけます」などなど、さまざまな表現を習うにつけ、既に知っているほかの表現とどう違うのかを理解し、状況に応じてそれらを使い分けなければならなくなります。
 つまり、中級以上のレベルの人に文法を教えるのが難しいのは、学習者が既に知っている文法との違いを理解させ、使い分けられるように教える必要があるからです。そのために日本語教師は、①教える相手が既に知っている類似の表現を把握しておくことと、②その表現と今回教える表現との違いを理解させる方法を知っていることが求められます。この二つはどちらも非常に難しいことですが、比較的②の方が対策しやすいでしょう。①もある程度準備はできますが、似ていると思う感覚が学習者の母語によって異なる場合があるので、完全に予想するのは難しいです。「先生、AとBはどう違いますか?」「え、どう違うって、ぜんぜん違うけど…」という質問のやりとりを私自身山ほど繰り返してきました。その経験の蓄積によって、「Aという表現とBという表現は学習者にとっては類似しているんだ、次回から違いを説明できるようにしよう」と考えていくのが遠回りのようで近道ではないかと思っています。
 今日は、私自身が中級文法を教えるときに考えていることを、「~うえで」という文型を例にお話ししていきます。「~うえで」は日本語能力試験で扱われる文型ですが、前の動詞の形が辞書形の場合とた形の場合があります。たとえば、(1)のような「辞書形+うえで」の使い方を教えようとするとき、学習者は(2)のような「た形+うえで」との違いが気になるだろうなと思って、一緒に説明します。
 
(1)留学をするうえで、明確な目標を持つことはとても重要です。
(2)両親とよく相談したうえで、進路を決めました。
 
 学習者は日本語能力試験を受験するために日々たくさんの文型を学んでいるので、同じような形(音)の文型はすぐに思い出して、それとどう違うか気になると思うからです。また、「~うえに」という形も知っている人が多いと思います。「~うえで」は日本語能力試験のN2のレベルの文型で、「~うえに」はN3のレベルなので、「~うえで」を習う時点で知っている可能性が高いからです。
 
(3) 今住んでいるアパートは、駅から遠くて不便なうえに、古くて狭いです。
 
 これらの形(音)が似ている文型以外にも、意味の上で似ている表現はたくさんあります。「留学をするうえで、明確な目標を持つことは重要だ」を教えるときには、学習者は「留学をするときに、明確な目標を持つことは重要だ」と言っても同じなのかと疑問を持つでしょう。その他にも「留学する前に~」「留学するなら~」など、学習者は様々な知っている文型を思い浮かべると思います。
 ここで重要なのは、「辞書形+うえで」は、後ろの文で「~が重要だ、~が不可欠だ」などと言いたいときに使う表現だということと、「~てください」「~ましょう」などの意志を表す表現が続けられないことを伝えることです。「留学をするときに」という表現は範囲が広いので、このような制限はありません。
 また、「た形+うえで」は「~してから(~してからでないと~ない/なかった)」という意味で、前の動詞の形がた形になるとまったく別の意味になります。「駅から遠くて不便なうえに、古くて狭い」のような「~うえに」は「~ことに加えて」という意味になります。
 
(4){〇留学をするときに/??留学をするうえで}、明確な目標を持ちましょう。
(5)私は{〇試着した/×試着する}うえで買いたいから、ネット通販で服は買わない。
(6)彼は成績優秀な{〇うえに/×うえで}、スポーツも万能です。
 
 他の表現が思い浮かばないように、その表現しか使えないような場面を使って導入しなさいとおっしゃるベテランの先生もいらっしゃいますが、大人の学習者は先生が説明している間にも「あれ、以前も似たような文法を習ったような…」と類似の表現を考えてしまいますし、その表現が使われる場面から帰納的に意味を理解するのは、高度で複雑な文法になるにしたがって難しくなっていくと思います。既習の表現に言及しないで説明を進めても、途中で学習者から質問が出るかもしれませんし、頭の中に疑問がいっぱいで説明が耳に入らないかもしれません。私は学習者が気になりそうなことは先に取り上げて、学習者自身に違いを考えさせたり、思い出させたりしたほうがよいかなと思っています。学習者が気になりそうなことを察知する力、また、普段から学習者心理に関心を持つことが日本語教師の力量と言えるかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?