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出席簿#48「先生は、お休みです」
【月曜更新】「おしゃべりな出席簿」
2月17日、月曜日。先週は少しだけ穏やかな気候。さすがに暦の上では春が来たな、と思うばかりでしたが……今日はまた小雪がちらちら。三寒四温とはよく言ったもの。寒暖差に気をつけて過ごしたいと思う日々です。皆さんはどのような一週間をお過ごしでしたか?
いつもお付き合いいただいている皆さま、ありがとうございます。初めて覗いてくださった方、ようこそおいでくださいました。
月木に更新しているnoteですが、月曜日には拙著『おしゃべりな出席簿』お試し版として、連載当時の作品とそれに寄せて今の思いなどを気ままに綴っています。今回は、ちょっと趣向を変えて……と言いますかなんと言いますか、お仕事をお休みしてしまった頃に書いたものです。
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定期的に沸き起こる席替えコール、学食バイキングでの温かい交流、総体出場メンバー選抜前のギスギス感。センター試験前にフェリー欠航の危機!?緊急事態宣言、そのとき島根では……?誰もが懐かしめる学生時代の思い出も、島根ならではエピソードも詰まった一冊です。
「先生は、お休みです。」
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忘れ物をチェックしようと、白い壁とベッドを眺める。
「まだ重いものは持っちゃだめ」
ボストンバッグは看護師さんが運んでくれた。
(・・・・・・本当なら、今日は水族館にいたのにな)
疾患が見つかって、入院をして、手術をした。退院のその日は、コロナ禍で延期を重ね、ようやく実現した勤務校の遠足だった。
基本的には丈夫な方だ。病欠だってほとんど無い。
それなのに、ここにきて・・・・・・。
担任業務も、教科指導も、色々な先生に代わってもらった。行くはずだった教科の出張にも、部活動の大会引率にも、行けなくなった。
現任校の弓道部顧問になって3年目。入学時から見ていた子たちが主力メンバーとなった今年、これまたコロナ禍で大会はことごとくなくなった。
ようやく新入部員と一緒に遠征だ。そう思って楽しみにしていたのに・・・・・・。
退院後も安静期間は続く。私だけどこにも行けなかった1ヶ月は苦しく、後ろめたさばかりが募った。
ふてくされて迎えた公式戦の夜、電話が鳴った。部員からだ。生徒の声を聞くのも1ヶ月ぶり。
「今日の結果を報告します」
電話越しに拍手が聞こえる。みんな集まっているみたい。
「個人戦、□□、第三位、そして○○、第一位!」ほんとに?おめでとう。私も見たかった、その瞬間を。
「続いて、団体戦・・・・・・」
いたずらっ子のような、それでいて真剣味をおびた不思議な声。つられて、こちらも言葉が出なくなる。
「女子Aチームは、第一位」
時が止った。
「先生、団体優勝です、全国大会進出ですよ!」
生徒の声が、思考を後押ししてくれる。
え、そうだよね、やっぱり、そういうことだよね。一呼吸おいてから、「びっくりした。すごいね。ほんとすごい」、間の抜けた祝辞を口にした。
「勝ったときは生徒のおかげ」、かつて弓道の大先輩から教えてもらった言葉を思い出す。謙虚であれ、という教えだったんだろう。
「お、もう大丈夫なの?」「はい、おかげさまで」。職場復帰後は、しばらくそのやりとりを繰り返した。休んでいる間、そしてそのあとまで、様々な人に助けられた。クラスも、授業も、部活動も。たくさんの人に育まれて、力強く歩みを進める生徒たちがいる。
それでも申し訳なさはあるし、やっぱり一緒に大会行きたかったな。なにより、その瞬間こそ、一緒に喜び合いたかったよ。
だけど、申し訳なさや後ろめたさの影で、今はほんの少しだけ誇らしさが頭をもたげている。
たくさんの方に育まれ、自走している部員たちの姿はかっこいい。みんなを誇りに思うよ。おかげで、心は一足先に元気になったみたい。身体もそのうちついてくる。
そういえば生徒面談でも・・・・・・。帰り支度に入りかけていたある女の子が、「そうだ、先生」、くるっと振り向いて顔をほころばせた。「先生がお休みに入った時の中間テスト、古典が今までで一番良かったんです」。え、そうなの。採点も成績処理も出来ずじまいのテストだった。生徒の頑張りも、見落としていた。「先生のこと考えて、頑張りました」。
また、やられた。みんなはとってもかっこいい。でも、できれば、次は、私も見ているところでね。2回目の言葉を、遠ざかる背中につぶやいた。
(2020/12/6 朝日新聞島根版掲載)
作品に寄せて
お読みいただきありがとうございました。
書いたのは、約4年前。私にとって初めての「休職」でした。
普段は自分の内面はあまり書かず、できるだけ学校現場のことを、そこで出会った人たちの表情を、写し取ろうとしているのですが、このときばかりは、やっぱり書いておこうと思い、休んでいる間の悶々とした気持ちや、ふてくされたような思い、そして募るばかりの申し訳なさ、そういったものをそのままに書き、新聞上で公開しました。
それは、もちろん、その裏で生徒たちが本当に素敵な成長を見せてくれたからこそ、これを書きたいと思ったのが一番。一番なのですが・・・・・・。
もし、このエッセイが次の世代の「先生たまご」さんたちに届くのなら。
心身がポッキリしてしまったとき、休んだって大丈夫だよ。なんとかなるよ。そりゃ私も、本当に本当に不安だったし、申し訳なさに潰されそうだったけどさ。
そんなことを伝えられたらと思って、このタイミングで再掲することにしました。
最近、教え子たちが卒業報告を入れてくれることが増え、その中には「『先生』として島根に戻ることが決まりました!」という嬉しい言葉を届けてくれる子も。
とても嬉しいし、頼もしいし、ありがたい。
だからこそ、転ばぬ先に、私の小さな物語を贈ります。
大丈夫、見ていないときにこそ、大きくなっている。
それが子どもたちというものなのです。
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