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むかしばなし雑記#02 「金太郎ーおいしいとこどられの不思議ー」

はじめに

こんばんは、台風の動向が気になる一週間となりました。これ以上の被害が出ないまま、過ぎ去ってくれるといいのですが……。

さて、好きなことを書き散らしている木曜日。今日は先週に続いてむかしばなし「金太郎」のお話です。山の中で動物たちを遊び相手にして楽しく過ごしていている心優しき怪力童子、金太郎。童話の内容をたどっても、前半はほぼ「クマと相撲を取る」だけのお話でした。では、彼は何をした人なのでしょうか?物語の後半戦を紐解いていきましょう。

前回のお話はこちらです。

青空文庫より「金太郎」楠山正雄

以下に青空文庫より「金太郎」(楠山正雄)の第二段を引用します。
なお、YouTubeでも朗読バージョンを公開していますので、音声で楽しみたい、という方はこちらからどうぞ。

帰って行く道々も、森の中でかけっくらをしたり、岩の上で鬼ごっこをしたりして遊び遊び行くうちに、大きな谷川のふちへ出ました。水はごうごうと音を立てて、えらい勢いで流れて行きますが、あいにく橋がかかっていませんでした。みんなは、
「どうしましょう。あとへ引き返しましょうか。」
 と言いました。金太郎はひとりへいきな顔をして、
「なあにいいよ。」
 と言いながら、そこらを見まわしますと、ちょうど川の岸に二かかえもあるような大きな杉の木が立っていました。金太郎はまさかりをほうり出して、いきなり杉の木に両手をかけました。そして二、三度ぐんぐん押したと思うと、めりめりとひどい音がして、木は川の上にどっさりと倒れかかって、りっぱな橋ができました。金太郎はまたまさかりを肩にかついで、先に立って渡っていきました。みんなは顔を見合わせて、てんでんに、
「えらい力だなあ。」
 とささやき合いながら、ついて行きました。
 その時向こうの岩の上にきこりが一人かくれていて、この様子を見ていました。金太郎がむぞうさに、大きな木をおし倒したのを見て、目をまるくしながら、
「どうもふしぎな子供だな。どこの子供だろう。」
 と独り言を言いました。そして立ち上がって、そっと金太郎のあとについて行きました。うさぎや熊に別れると、金太郎は一人で、また身軽にひょいひょいと谷を渡ったり、崖を伝わったりして、深い深い山奥の一軒家に入っていきました。そこいらには白い雲がわき出していました。
 きこりはそのあとからやっと木の根をよじたり、岩角につかまったりして、ついて行きました。やっとうちの前まで来て、きこりが中をのぞきますと、金太郎はいろりの前に座って、おかあさんの山うばに、熊や鹿とすもうを取った話をせっせとしていました。おかあさんもおもしろそうに、にこにこ笑って聞いていました。その時きこりは出しぬけに窓から首をぬっと出して、
「これこれ、坊や。こんどはおじさんとすもうを取ろう。」
 と言いながら、のこのこ入って行きました。そしていきなり金太郎の前に毛むくじゃらな手を出しました。山うばは「おや。」といってふしぎそうな顔つきをしましたけれど、金太郎はおもしろがって、
「ああ、取ろう。」
 と、すぐむくむく肥ったかわいらしい手を出しました。そこで二人はしばらく真っ赤な顔をして押し合いました。そのうちきこりはふいと、
「もう止そう。勝負がつかない。」
 と言って、手を引っ込めてしまいました。それから改めて座りなおして、山うばに向かって、ていねいにおじぎをして、
「どうも、だしぬけに失礼しました。じつはさっきぼっちゃんが、谷川のそばで大きな杉の木を押し倒したところを見て、おどろいてここまでついて来たのです。今また腕ずもうを取って、いよいよ大力(だいりき)なのにおどろきました。どうしてこの子は今にえらい勇士になりますよ。」
 こう言って、こんどは金太郎に向かって、
「どうだね、坊やは都へ出てお侍にならないかい。」
 と言いました。金太郎は目をくりくりさせて、
「ああ、お侍になれるといいなあ。」
 と言いました。
 このきこりと見せたのはじつは碓井貞光といって、その時分日本一のえらい大将で名高い源頼光の家来でした。そして御主人から強い侍をさがして来いという仰せを受けて、こんな風をして日本の国中をあちこちと歩きまわっているのでした。
 山うばもそう聞くと、たいそう喜んで、
「じつはこの子の亡くなりました父も、坂田というりっぱな氏(うじ)を持った侍でございました。わけがございましてこのとおり山の中に埋もれておりますものの、よいつてさえあれば、いつか都へ出して侍にして、家の名をつがせてやりたいと思っておりました。そういうことでしたら、このとおりの腕白者(わんぱくもの)でございますが、どうぞよろしくお願い申します。」
 とさもうれしそうに言いました。
 金太郎はそばで二人の話を聞いて、
「うれしいな、うれしいな。おれはお侍になるのだ。」
 と言って、小踊りをしていました。
 金太郎がいよいよ碓井貞光に連れられて都へ上るということを聞いて、熊も鹿も猿もうさぎもみんな連れ立ってお別れを言いに来ました。金太郎はみんなの頭を代わりばんこになでてやって、
「みんな仲よく遊んでおくれ。」
 と言いました。みんなは、
「金太郎さんがいなくなってさびしいなあ。早くえらい大将になって、また顔を見せて下さい。」
 と言って、名残惜しそうに帰っていきました。金太郎はおかあさんの前に手をついて、
「おかあさん、では行ってまいります。」
 と言いました。そして、貞光のあとについて、とくいらしく出ていきました。
 それから幾日も幾日もかかって、貞光は金太郎を連れて都へ帰りました。そして頼光のおやしきへ行って、
「足柄山の奥で、こんな子供を見つけてまいりました。」
 と、金太郎を頼光のお目にかけました。
「ほう、これはめずらしい、強そうな子供だ。」
 と頼光は言いながら、金太郎の頭をさすりました。
「だが金太郎という名は侍にはおかしい。父親が坂田というのなら、今から坂田金時と名乗るがいい。」
 そこで金太郎は坂田金時と名乗って、頼光の家来になりました。そして大きくなると、えらいお侍になって、渡辺綱、卜部季武、碓井貞光といっしょに、頼光の四天王と呼ばれるようになりました。

テキストは青空文庫によるものです。
図書カード:https://www.aozora.gr.jp/cards/000329/card18337.html
底本:「日本の神話と十大昔話」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年5月10日第1刷発行
   1992(平成4)年4月20日第14刷発行
入力:鈴木厚司
校正:大久保ゆう
2003年8月2日作成

前回も少し触れましたが、森の中で動物と遊び帰路についた金太郎、その後ろをつけてきた者がいたのです。それは源頼光の家来、碓井貞光(うすいのさだみつ)主君の命で剛の者を探し求めていた貞光は、金太郎に上京を勧めます。かくして金太郎は都へ上り、頼光の家来となったのでした。

おいしいとこどられのふしぎ

金太郎は、その名を「坂田金時」とあらため、頼光四天王の一人として目覚ましい活躍をするのですが……それはまた、別のお話。残念ながら昔話の「金太郎」の多くは、ここでお話が終わっています(絵本によっては続編まで含めて一冊にするものもありますが)。

では、坂田金時は何をしたかというと……?

源頼光は酒呑童子退治や土蜘蛛退治をしたとして語り継がれていますが、この頼光を支えたのが坂田金時を含む四天王たち。彼も鬼退治をしていたんですね。金太郎は序章に過ぎず、クライマックスは別の話に持っていかれてしまったのです。それではどうしてこのようなことが起こったのでしょうか?

鬼「退治」までの長い道のり

さて、「鬼」ってどのようなイメージでしょうか?赤・青・黄と明らかに人間離れした色のむき出しの肌、ほとんど半裸で筋骨隆々の肉体をさらし、虎皮の褌を締め、金棒を振りかざして頭には角……?

昔話によく出てくるような、桃太郎や一寸法師に退治される鬼って、こんな感じですよね。でも、こういうイメージが確立したのって江戸時代以降のようなんです。鬼門が丑虎の方角にあるからという風水の思想に影響を受けたとも言われています。

古代は「異形全て」の総称だった「鬼」。その昔の日本では大きく分けると、日本産の「地上をねり歩き、生きる人を脅かす鬼」とインド・中国産の「地獄で死者を責め苦しめる鬼」の二種類が信じられていました。平安貴族の多くは現世でも死後の世界でも、鬼に怯えていたようです。 

こんな鬼と人との関わりが変化したきっかけの一つが武士の登場でした。鎌倉時代末期には武力を重んじる武家の文化が強まり、室町時代に入ると「鬼は武勇の士によって退治されるもの」という考え方やお話のパターンができてしまいました。また、日本でも仏教が発展し栄えたために祈りによっても退治されてしまう存在とされてしまいました。長く続いた武士の世が、少しずつ、鬼への恐れを取り払ってしまったようなのです。

鬼の話はこちらも書いています。

鬼(退治)は大人になってから!?

色々な話がありますので、あまりに単純化するのはどうかとも思うのですが、鬼と人とのかかわりについて、大きく流れをまとめると

①平安貴族の時代、鬼は非常に恐ろしい存在でした。
②鎌倉・室町の武家社会になると、鬼は強い武士によって退治されることも。
③江戸時代ともなると、鬼は退治されるのが当たり前の弱い存在となってしまいます。

「桃太郎」や「一寸法師」が今の形の昔話として広まったのは鬼退治最盛期・③の時代と言われています。それに対して「金太郎」の物語は……。頼光その人が平安中期の武将ですから、その後伝説が誇張されていったとしても、①~②まで時代における人々の「鬼」観を色濃く反映してこの形で語られたと考えてよいでしょう。

まだまだ鬼が恐れられていた時代、子どもになんて倒せっこないのです。大人だって、チーム戦でようやく倒せて、それで充分すぎるほどの武功になり、伝説として語られるのです。

加えて桃太郎らが不思議な誕生をし、人間離れした力を持っているのに対し、坂田金時は実在したとも言われる人物(山姥に育てられた怪童とする話も語られてはいますが)。彼は頼光四天王の中でも一番の力持ちと言われ、大江山にはびこる鬼を複数の武将と力を合わせて退治した、として賞賛されました。

今、他の昔話と比べると、少し拍子抜けしてしまうような『金太郎』ストーリー。これは鬼と人との関係に変化が見られた時代、人がなんとか鬼に立ち向かえるようになった時代だからこそ生まれたお話といえるのかもしれません。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。それではまた来週お目にかかりましょう。

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