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出席簿#32「彼女にしか描けない世界」

【月曜更新】「おしゃべりな出席簿」

10月28日、月曜日。ここのところ週末の天気が崩れがちですが、、皆さまいかがお過ごしでしょうか。私は月に一度の詩吟お稽古で海士町に行っていました。今は11月の産業文化祭に向けて練習をしています。

基本的には10名少しの会員さんと詩吟をしているのですが、今年の産業文化祭では殺陣も交えて平家物語の構成吟(詩吟ミュージカル)をやろう、ということで、地域有志の方にも協力いただきながら練習をしています。殺陣部隊としてお集まりくださったのは島前高校生中心になんと10名!いつもの倍近くのメンバーと部隊が作れるので、今からとても楽しみです。

さて、月木に更新しているnoteですが、月曜日には拙著『おしゃべりな出席簿』お試し版として、連載当時の作品とそれに寄せて今の思いなどを気ままに綴っています。今回ご紹介するのは、私の童話に素敵なイラストを描いてくれた一人の女子生徒の話です。お楽しみいただけたら嬉しいです。

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学校の「今」を島根の現役教員が綴ったコラム集、『おしゃべりな出席簿』5分間だけ、高校生活をのぞいてみませんか?

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定期的に沸き起こる席替えコール、学食バイキングでの温かい交流、総体出場メンバー選抜前のギスギス感。センター試験前にフェリー欠航の危機!?緊急事態宣言、そのとき島根では……?誰もが懐かしめる学生時代の思い出も、島根ならではエピソードも詰まった一冊です。

「彼女にしか描けない世界」

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「先生、見てください」、ある日の放課後、生徒がスケッチブックを抱えてやってきた。開くと、「海の青」が広がっている。群青、紫、水色。色鉛筆でさまざまな色を重ねた、深みのある水底の風景。そこに、ゆるやかな線でくらげの世界が描かれていた。すごい、本当に描いたんだ。

それは春休み前の出来事だった。寮日直に入ると、顔を出したのはイラストの得意な彼女。「絵本を描いてみたくって」。校内掲示版のコンクール案内を見て、ストーリーあるイラストを作りたくなったという。「でも、お話作るってむずかしいですね」。

彼女は何度も相談に来た。ストーリーが浮かばない。せっかくの春休み、一歩踏み出したいのに、時間ばかりが流れていく。帰省の日が近づいていた。
「練習台に、どうかな」。渡してみたのはずっと前に私が書いた童話。「絵をつけたかったけど、私は苦手だから」。

年度はじめは飛ぶように過ぎ去る。気がつけば夏休みも目前。忘れた頃の完成報告だった。嬉しい驚きに打たれてスケッチブックをめくる。
「今度みんなの前で発表するんです」。彼女の弾んだ声に、もう一度びっくりした。
 
学校と連携している公営学習センターでは、毎年3年有志が、将来やりたいことや関心あることを探究した「じぶん夢ゼミ」の発表をする。そこで読み聞かせをするんだとか。「発表前に聞いてもらいたくって」、彼女はゆっくりと読み始めた。

そして、発表会当日。紙芝居風にしたイラストを、実物投影機で大写しにし、一枚ずつめくって読み聞かせをする。参観日の保護者ってこんな気持ちなんだろうか。ちゃんとめくれますように、早口になりませんように……。すべて杞憂だった。お話が終わって、会場は拍手に包まれた。

「この経験であらためて感じたことがあります」。読み聞かせだけだと思ってたのに、紙芝居には続きがあった。人に喜んでもらえる絵を描きたい。イラストで人の思いをかたちにしたい。彼女がこれからやりたいことが、温かいタッチの紙芝居に重ねられて会場へと発信される。そういえば、古典の授業でも、他の子の発表資料が彼女のイラストに彩られていた。

彼女にしか描けない、やわらかな世界。それが他の人の思いと結びついて、しなやかに形を変えていく。「不安もあるけど、やっぱりデザインを学びたいなって」、彼女は笑顔で語っていた。あのやわらかな世界は、これから誰の思いをかたちにして、どのような姿を見せるのだろうか。

(2017/7/29 朝日新聞島根版掲載)

作品に寄せて

このときの童話は、先週の木曜日に公開した「ふよ と ほよ」という、小さなくらげに、ビニール傘の友だちができる、というお話でした。島根県の離島にある、隠岐島前高校という小さな学校に勤めていたときのことです。

私が表現したかった世界に、彼女の温かいタッチの絵がとても合っていて、嬉しかったのを覚えています。のちにデザイン系の進学を果たした彼女は、島前高校のある海士町に大人の島留学生として戻り、数々のデザインを手がけました。

また、拙著『おしゃべりな出席簿』の挿し絵も描いてもらっていますので、ぜひ単行本で、または電子書籍で、ご覧いただけると嬉しく思います。

読書の秋のおともに、拙著もよろしくお願いいたします。

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