名医・伊良部一郎との再会
奥田英朗の「イン・ザ・プール」を久々に読んだ。
精神科医・伊良部一郎のドタバタ診療を描いた連作中編集。
確実に一度読んでいる。
読んだという事実だけでなく、面白かったという感想も覚えている。
だからこそ、続編にあたる「空中ブランコ」「町長選挙」も買って読んだ。
そして再読。
驚いた。
表題作「イン・ザ・プール」はそれなりに筋も覚えていて、細かい描写を捉え直して読んだのだが、他の作品はほとんど全く覚えていなかったのだ。
しかし、それゆえに初見のごとく読み進め、そして内容に大満足した。
逆に言えば、それほど大満足できる作品の内容を覚えていなかったのだ。
これは記憶力の問題(が本質なわけ)ではない。ましてや老化などでは決してない。
そもそも、一度読破した本の中身はすぐ忘れる習性があるのだ。元々。若い頃から。
脳のメモリ保護のための本能的忘却。
おかげで2回目も初見のように楽しめる。
本読みとして決してマイナスではない感覚なんだろうとも思う。
今、ちょっと懐寒くて、新たな積読を生み出す余力がない。
それゆえの苦肉の策に近い再読続きなんだけど、なんだかんだで楽しめてる。
さて、肝心の書評なんだが、精神科医・伊良部一郎の診察は、一見トンデモのぶっ飛びなのだが、道筋としてはかなり王道の心理療法なのである。
心理療法の進め方を極端に書いている、とでも言おうか。
「コンパニオン」で被害妄想に取り憑かれた広美の対応では、妄想を否定せずに受け入れることから始めている。
これは心理療法の基礎のキのことなのだろう。
その後のドタバタはかなりのドタバタなのだけど、読後感が爽快なのは、やはりその軸がしっかりしているからなのだと思う。
プロの作家の予習というか、準備の凄まじまさを感じるが見せつけられることもなく、でも見せつけられてる気もする。
伊良部はカウンセリングも否定するが、その理由もまた痛快。
目の前にいる患者が“今”何を抱えてもがいているかにフォーカスして接していく。
やり方は一切マネできないけど、そのやり方に至る道筋は、対人仕事をしている私のような職の人には参考になるのではないかと思う。
ちなみに、この作品は映像化や舞台化もされているのだが、どうもキャスティングが納得いかない。
私がキャスティングするとしたら、
伊良部一郎:日村勇紀(バナナマン)
マユミちゃん:片山萌美
だが、どうだろう。
一度読んでいただき、みなさんのキャスティングを聞かせてほしい。