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熱中したことはなんだろう
さいきん熱中していないなと思う。
ものごとが続くことと熱中はちがうと思っているが、わたしの場合、一度でも熱中できたことがあるものはなんだかんだ今も続いている。
飽き性なので瞬発的にハマって飽きたものは、興味と好奇心だけで一瞬楽しむことはできたけど、熱中まではいかなかったと思う。
わたしは自分が飽き性で諦めが早くて、笑えるくらいなにも続かないことを理解している。けど、一度でも熱中したことのあるものはなにげにながーく好きでいられることが最近わかった。
人にしろ、作品にしろ、ずーっとそれを好きでいられる。隅々まで長い間、愛でることができる。その一途さをもっていることに気づいた。
それはなかなか、好きなことや夢中になれるものに対しての感度が良くて、幸福度高く生きられることにならないだろうか。
本当の熱中って寝るのも食べるのも忘れてそのことばかり考えていたりすることのような気がして
そういう時間ってしあわせだ。
過去にどんなことに熱中していたっけかなと思って、それらを並べ立ててみたらなにか共通点が見つかるかもと書き起こしてみる。
PC
キーボードをたたく音が好きでとにかく前に座っていた。書いていたのは日記とか物語とか。小学生〜社会人になるまでずっとワープロとPCをおもちゃがわりに育ってる。仕事をしているとき、タイピングの音にうっとりできるくらいわたしはキーボードをたたく音がいまでもすきなのだ。
推し活
朝から晩までPCをベッドに持ち込んでファンの掲示板に入り浸ってチャットをし、dvdを毎日見漁り、SNSを駆使して推し活仲間を募り、一緒に全国や海外までライブに行った。だいぶ謳歌している。これはかなりの熱中ぶり。めっちゃ楽しい。
アニメにハマった時は声優さんのラジオを聴くとか実写舞台に行くとかけっこうなガチハマりだった。推しがいると毎日が輝いているのかもしれない。とにかく世に出ている作品を全部見るという最高に楽しいノルマが課されるので、わたしはいつでも新しい推しを見つけ出すのに余念がない。
でも最近はテレビを見ないのであらたな推しに出会う機会は限られている。
ブログ
これもまた学校へ行く以外はPCの前にかじりついて、HTMLやCSSを独学で調べてブログのカスタマイズを毎日毎日していた。ブログのurlを開くと音楽が流れるようにしたり、めっちゃ楽しかったしすごい集中力だった。なぜあのままエンジニアにならなかったのか。
ブログは始めてはやめて、PCで書いたり携帯で書いたり定期的にハマっている。だんだんとSNSに移行。そして今はブログがnoteになり、やっぱりあいも変わらず文章を書いている。
AI
いちばん最近。画像生成アプリにハマって最近はcanvaプロに課金した。素人レベルだけど楽しむくらいにはプロンプトに慣れた。もともと絵が下手なので画像生成技術を手に入れると無双感があるので楽しい。
結局なんなのか
推し活とPC
ある意味ブレてない。過去も現在もしていることにそれほど変わりない。
とにかくネットの世界にいすぎてリアルを生きているのか心配になる。
文章を一生書いてる。
長い時間を費やしたものは色々あると思うけど、あれはハマったなー、熱中したなーと思うものは推し活以外では創作な気がする。ブログをいちから作るとか文章書くとか。
ブログはみためをかわいくできれば満足だったので、書きたいことは二の次だった記憶があるけど、視覚的にきれいなものとかわいいものはやっぱり好きなんだと思う。
noteはずっとスマホで書いているけどPCでタイピングの音をこころゆくまで聞きながら、なにか文章の創作をはじめてみたいなと思った。