元気で長生きの秘訣をどうしても聞いてしまう
ある会で、お隣に座った女性と帰り際に話した。
チャーミングな笑顔、好奇心たっぷりな、くりっとした瞳。
白髪に、ベレー帽を被り、素顔にオレンジのふちの眼鏡が似合っていた。
彼女は、書くことが大好きで、本も何冊か出しているということから私たちは話が弾んでいた。
「50代から60代にかけてはね、自分のこれまでの人生について一度は書いてみるべきよ」
そう、私に伝えてくれた。
そう言う彼女は、70代前半くらい?と思ったら、なんと92歳。
もう、びっくりして、きっとその瞬間、彼女の全身をまじまじと眺めてしまったに違いない。
「こんなふうに年を重ねられる秘訣は?」
素敵な先輩に遭遇したら、必ず聞く質問に、彼女はいたずらっこのような笑顔を浮かべて答えた。
「朝、起きたらね、一番に鏡に向かって、
あなた、なんてきれいなの!って声をかけるのよ」
ああ、
また大好きな人に出会っちゃったな。
今年、ブラジルへ引っ越してしまった104歳の友人は、
「長生きの秘訣は?」って聞くと、
「セックスに決まってるわ!」
と、きっぱり言って、
周りを笑わせていた。
旦那さんは30年も前に亡くなって、そんな話もない筈なのに(!?)、
彼女の意図は、とにかく人を笑わせたい。
そう、彼女の長生きの秘訣は、ユーモア、笑うこと。そして、ブラジルへ行ってしまうほどの好奇心。
先日、友人とサンフランシスコ、ユニオン・スクエアにある、ハイブランドが集まるデパートで、ウインドウ・ショッピングをした。
奇抜な服や小物が多くて、まるで服の美術館のような、そのデパートに遊びに行くのが近頃の私たちのブーム。
美術館でも、そこは手にとって試着なんてできちゃうし、試着室がなんと小さなベッドがひとつ入りそうなくらい、広い!部屋にあった香水のサンプルを楽しんで、エレベーターを下りたら、真っ白なおかっぱ頭に、ところどころ、優しいピンクの色を入れた、女性と目が合った。
鮮やかなピンクのブラウスの上に、アイボリーのジャケットとおそろいのフレアの長いスカートをなびかせて、肩にはシャネルで買い物したらしい、黒くて大きな、ロゴ入りペーパーバッグがかかっていた。
彼女の顔には、沢山の皺が目立っていたけど、ピンクの口紅をくっきりひいた唇を大きく広げて、私に笑顔を向けてくれた。
まるで雑誌の1ページに出てくるような華やかな笑顔。
大好きなものを買い物できたのかな?
少し、腰を曲げて、大股で歩く彼女の後姿は、老女に他ならなかったけど、見とれてしまった。
私は、数年前に亡くなった、友人の、94歳だったお母さんを思い出した。
ピアノを弾くことをこよなく愛する彼女は、よく私と夫を地元のシンフォニーに誘ってくれた。
会うと、たいてい彼女は、低いヒールに、口紅をきちんとひいて、何よりも姿勢が素晴らしかった。背骨がすっと天に伸びて、見ているこちらも自然とすっと、胸を張った。
気品があって、とても優しい人だった。
「僕の母はね、お酒もたばこも生涯やったことがないんだよ」
神父の奥方である母を、友人はとても大切にしていたっけ。
彼女は誕生日を、元気で、家族で祝った数日後に亡くなられた。
彼女の凛とした姿勢が、彼女の生き方そのものだったような印象が、今も私にはある。
「年を取ることをどんなふうに思う?」
冒頭で書いた、92歳の女性、リアが私に聞いた。
「私は、とても素敵なことだと思うの。」
そう言って、隣にいた私の少し年上の友人に同意を求めた。
でも、彼は、私の言葉を通りすぎて、ちょっと微笑んだだけだった。
年を重ねて、経験値が増えると、自分の引き出しが増えた。
自分へ優しくすることを覚えて、自然に、まわりへの理解が深まったのは、年を重ねただけのせいではないけど、確実に、私は年々、楽に生きられるようになった。
けれど、病気がちな彼にとってはそうではなかったのだろうか?
私の言葉は、彼にとってただ、能天気にしか聞こえなかったのかな、とちょっとだけ思った。
他の友人が彼に声を掛けた。
「でも、あなたは若い頃にくらべて、今のほうがずっとハンサムだわ!」
私たちは、そう言って笑いあった。
リアも一緒にそこで笑っていた。
柔らかくて、温かくて、どんなものも、肯定する、受け入れられた空間が、心地良かった。