おひとり様のお客様
金曜日の夜。
その日は、なぜか、おひとり様のお客様が多かった。
仕事帰りだったのか、30代くらいの女性がドアを開けて入って来た。
「Hi, How are you?」
挨拶すると、
「Tired」(疲れた)と一言、
にこりともせずに私を見つめた。
「じゃあ、リラックスしてくださいね」、
そう言って、私は彼女を4人掛けの大きなテーブルに通した。
ふつう、おひとり様は、カウンター席か、もしくは二人掛けのテーブルなのだけど。
ハーフボトルの赤ワインを開けて、食事を待っているあいだ、彼女はずっと携帯電話でゲームをやっていた。
ワインとゲーム!
これが彼女のリラックスツールなんだね、そっと、彼女のラベンダー色のマニキュアをほどこした、指先を見ながら、私は笑顔になる。
帰りには、再び私を見つめて、
「ありがとう」と今度は笑顔を残してくれた。
どうぞ素敵な週末をね。
20代後半くらいかな。
チャーミングな笑顔をした女性は、ワインとサラダ、おスシを、それは、それは、ゆっくりと、一人で味わっていた。
窓際のコーナーの小さなテーブルの周りは、彼女が無意識に張ったと思われる、柔らかなパステルカラーの境界線が感じられた。まるでシャボン玉の中に彼女がテーブルごと、包まれているようだった。
シャボン玉をつぶしてしまわないように、ゆっくりとテーブルに近づき、お水を継ぎ足す。すると、ワインを味わっていた彼女の視線が私に向いて、笑顔がはじけた。
「このおスシが私は大好きなの!世界で一番好き。ほんとうにありがとう」
そう、話しかけてくれたので、私も応えた。
「楽しんでもらって嬉しいわ。でも、あなたは食事だけでなく、あなた自身をも楽しんでるのね。」
すると彼女は目を大きくして、うなずいた。
「私の友達はね、どうして一人で食事に行くの?淋しくないの?って聞くんだけどね、私は一人で出かけるのが大好きなの。いつもいい時間が過ごせるのよ。」
男性のおひとり様も、夕べは普段よりずっと多かった。
大勢で来店している人は、その場に色んな要素が加わって、その分接客は楽になる。私は、おひとり様にはもっと気遣いの注意が向く。しかも、それとは気づかれないように。
中には、終始ケータイ電話を見ている人もいる。でも、ほとんどのおひとり様は、話し相手がいない分、もっと食事に集中して、味わっている。
マインドフルネス。
その様子を見るのが好き。
一人でいる人は、その人自身の空気感が際立つ。
席に座る、注文する、食事を待っている間、食事をしている間、お勘定、席を立つ。
ずっと見ているわけではないけど、その人の存在の痕跡みたいなかたまりが、すっと、印象として入ってくる。
それぞれの人のユニークさに触れて、胸がいっぱいになる。
畏敬の気持ちにも似た。
だから私たちは、唯一無二の「自分自身」というものを 生きなければならないんだね。
それが、私たち自身が、この世界へのギフトだと言われている意味なんだ。
そういえば、ジブリの映画に出てくるおばあちゃんを彷彿させる人が、カウンター席の隅っこに座っていた、と最後に思い出す。
初め、値踏みされているような視線を私が感じたのは何故だろう?
対する人というのは、私自身の内面をも映し出す。相手は自分の鏡。相手の態度や言葉に敏感になりすぎるのは、私自身の中にそれを掴んでしまう、何かがあるということだから。
実は私も一人で出かけるのが大好き。だから、こんなにおひとり様に共鳴するのかもしれない。
自分を愛する人の、おひとり様食堂。
なんかいい響き。
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