48:初心の気持ちを忘れないために書き記す5つのこと
Bonjour!
今回はベナンで起きた出来事ではなく、今の自分の頭の中を整理するために文字化してみます。
①私の原動力は「怒り」から来ている
努力をしてもどうにもならない生まれながらにして不平等な世界(学校に通えない子どもたちがいること)がどうしても許せません。
しかし、そこは自分が手を出すところではないとベナンに来て痛感しました。
なぜなら、私が勉強を教えたことで彼らが「学校に行きたい」と思うようになっても、任期がある私が通わせてあげられることはできないからです。
手を出してしまったら逆に彼らを苦しめることになると思います。
しかし、この怒りの感情は忘れないでいたいです。
②自分の存在意義を見失わない理由
この国際協力という世界はぶっちゃけ自己満足。彼らは望んでいません。
例えば、子どもたちが皆九九を言えるようになった時「凄いね!」とは言いますが「九九が言えないのはベナンでは当たり前だから」とも言います。
つまり、学力向上を彼らは望んでいないのです。
「国際協力=自己満?」と何年も何年も考えてきたので、今更「何でベナンにいるんだろう?」とは思いません。
時に自分の価値を見失いそうになることもありますが、今は地に足つけて生活できてると思います。
既に病んだし、ベナン人との関わり方も分かってきたので、これ以上凹むことなく任期を終えられるはず!
③なぜベナンに来たのか?
ベナンがアフリカの中でも「教育水準が低い国」と知ったからです。
だから草の根の活動を通して、生活と直結している算数の基礎学力を絶対伸ばしたい。
体罰と学校のゴミ問題にも手をつけたいですが、意地でも算数の成果だけは出して帰国します。
④今後の目標
自分の活動を取り入れてくれる先生を1人でも増やすこと。
「子どもたちの成果は表れているのなら、それだけで十分!」と思いそうになることもありますが、それだけでは自分が満足しません。
⑤教育について
・ゴミをゴミ箱に捨てること
・スリッパを並べること
地雷がいまだに埋まっている地域にあるカンボジアの小学校を訪れた際、上記の2つができていてとても感動しました。
その時、「教育は全ての根本にある」と痛感しました。
しかし、今はそうは思いません。
農業、医療、福祉の上に成り立つのが教育。
①で書いたように、私は学校に行っていない子には何もできないし、何もしてはいけないとベナンに来て思うようになりました。
「教育者」として自分にできることがベナンに貢献できる唯一のことなのだと考えています。
これらのことは協力隊の同期と5時間も電話して考えたこと。
自分は性格キツいし頑固だからなんとか活動できてるのだと痛感しています。多分この性格じゃなきゃこの地では生きていけません。笑
最近JICAのベナン支所スタッフにも「精神的にとても強くなったね」と何度も言われました。
そして同期には「怒ってても、相手のことをしっかり受け入れた上で怒ってるからすごいよ」と言われました。なんか救われた気がします。
いろいろありますが、貴重な任期楽しく頑張ります。