「憐憫」に寄せて。
何かに思いっきり溺れてしまいたい。存在ごと認められたい。分かって欲しい。そんな感情はおそらく多くの人が持つものだ。「憐憫」の筆者である島本理生は、その感情を丁寧に描写する力が群を抜いていると思う。
私は島本理生作品の大ファンだ。「ファーストラヴ」、「ナラタージュ」、「君が降る日」…。好きな作品をあげればキリがない。特に、「ファーストラヴ」を読んだ後の衝撃は凄まじかった。自分でも幸せになれるかもしれないと思ったからだ。誰かと一緒に添い遂げるという未来が全く思い浮かばなくて、「私はどうせ幸せな恋愛なんてできないんだ」と思っていたから、我聞さんと幸せに暮らして過去を乗り越えている姿に心救われた。未来の選択肢をひとつ増やしてくれた。彼女の筆にはそれくらいの力があるのだ。
彼女の描く主人公たちはどこか不安定で、少女のようだと思う。その背景は子供時代の出来事や親との関係など様々だが、過去によって人を信じ切ることができないという点では共通している。そして、そこに寄り添った丁寧な描写が苦しいまでに読者を引き込む。相談という段階が飛躍して抜けたり、突拍子もないことをしたり、叫んでしまったり。不思議なくらいそこの描写が上手い。
本人がインタビューで言っていたこの言葉が、彼女の小説の全てだと思う。
「憐憫」
さて、本題に移ろう。この「憐憫」は島本理生の最新作だ。
女優でいながら冴えない日々を送る沙良は、柏木という男と出会う。彼の持つ透明さと切なさに心奪われた彼女にとって、柏木を手放せない程の存在になる。沙良の変化を、得体のしれない柏木の関係や過去を辿って繊細に描いた一冊だ。
少女のようで大人びている沙良は、島本理生の真骨頂とも言えよう。世の中に期待なんてしていないくせに、分かってほしいと願い続けてしまう。紗良の言葉にもできない叫びが文章から伝わってくるようだった。
反芻してしまうくらい好きなセリフがある。
沙良の柏木への気持ちが、この台詞に象徴されている。自分より自分を分かっていて欲しいという傲慢ともとれる言葉だ。この文を読んだとき、これだけで「憐憫」を買った価値があると思った。見せかけでもいいから「大丈夫」と「分かってるよ」が欲しかったんだろう。こう言った後に包み込まれたいと思った。
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