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声を上げ、信じることしかできない私たちは。

2024年11月2日。東京の天気は雨、時折くもり。
この日、千駄ヶ谷にある聖地″国立競技場″で、JリーグYBCルヴァンカップの決勝が行われた。
過去大会最多の入場者数を記録したこの大会の対戦カードは、名古屋グランパスvsアルビレックス新潟。このカードでの今シーズンリーグ戦績は一勝一負。ここ国立の決戦場で、名古屋グランパスとアルビレックス新潟は今年のケリをつけることとなった。

私はいちアルビレックス新潟のサポーターとして、この聖地に足を踏み入れることとなる。ただのリーグ戦とは違う、いわゆる「決勝」たらしめる雰囲気に呑まれながらも、ピッチアップ中の選手に向けられる重々しく、しかし快活な新潟サポーターの声援に乗り体を揺らす。手を叩く。
試合開始までの時間は、あっという間に過ぎていった。


試合が始まり、相変わらず早々からボールを握り続けゲームを進める新潟であったが、前半31分、あっけなく均衡は破れた。
先制をあげたのは名古屋グランパス。ベテランの永井が新潟のキーパーによるミスを逃さなかった。
歓喜に揺れる北のゴール裏。

そして私たちはこの1年で思い知らされている。先制されたゲームの恐ろしさを。
つまり、恐れていた先制であった。
永井より先に、新潟の誰かが得点を決めていなければならなかった。

この恐れはわずか10分後に尾を引くことになる。名古屋の縦パスが通り、ゴール前で見事に新潟のディフェンスが崩され2得点目が入った。またもや永井である。

悲観的な私はなお恐れた。このゲームが、後半何も出来ずに2-0で終わってしまうかもしれない未来を想像して。
せっかくの決勝舞台。タイトル獲得まで、あとひとつのところまで来ている。
そして私の周りの人達は、みんな画面の向こうで新潟を応援してくれているのだ。
普段のリーグ戦とはまるで違うこの雰囲気で、情けない試合を展開してしまうことをひどく恐れた。


ハーフタイムでの茶番をしばし見守った後、後半キックオフ。
私は限界であった。心が張りつめていた。このままチームが何もできず終戦を迎えてしまう未来が想像できてしまって、とにかくどんな形でも、得点を入れてくれと祈ることしかできなかった。

そしてついに新潟のゴールネットが揺れた瞬間、私はとっさに目頭を抑えてしまう。

後半26分。途中投入された選手が相手のディフェンスを交わしながらあげたクロスに谷口が反応し、ヘディングで決めたのだ。
完璧な1点である。日本海キャノンなんて呼ばれている彼のシュートは、太平洋の鯱をもぶち抜くことができたのだ。

何も決められずスコアレスで終わることの恐怖から解放されたのか、私は泣いていた。これからの展開に希望をも持った。まだ得点差はあったのにも関わらず、ぼんやりと勝てる未来まで想像できてしまった。
いままで、いちゴールにここまで心を動かされたことはない。


しかしその後試合は膠着状態。
気づいたらアディショナルタイム6分の表示がビジョンに現れていた。
サポーターからは焦りを感じられた。ただ、歌うことだけはやめていなかった。
後半の展開が展開なだけに、最後にもう1点入るような気がしていたのは言うまでもない。

それが本当に、現実になるなんて。


アディショナルタイム終了の目安まで2分切ったあたりだっただろうか。新潟の小見がペナルティーエリア内で転倒。これには名古屋の選手が関与していたため、笛の音で試合が中断した。

ペナルティーエリア内でファールを獲得したことになれば、新潟がPKを蹴れる。またとないチャンスであった。

審判の挙動を見守るサポーター。
そして審判が耳に手を当てた瞬間にわかる、″VARでファールの確認をしている″事実。

まもなくして、審判が実際の映像を確認しにピッチから離れた。
国立競技場のビジョンに大大と表示されるプレーの映像。名古屋の選手が小見に足をかけていたシーンで、新潟のサポーターは一斉に立ち上がり声を上げた。
実際、素人目からしてもペナルティーエリア内のファールで間違いなさそうなことは分かった。

審判がピッチに戻る。オンフィールドレビューが完了したジェスチャーをし、指を指した瞬間(つまりファールが認められた瞬間である)に、南からは割れんばかりの歓声が上がった。

後半終了に限りなく近い時間帯。このPKが決まれば、同点のまま延長戦へ持ち込ませることができることはほぼ確実であった。
ゴールの正面に立ち、まっすぐ前を見据えるキッカーは自らPKを獲得した小見。
スタジアムに響く小見のコール。反して、名古屋のサポーターたちはキーパーであるランゲラックを鼓舞する声援を上げていた。

緊迫した雰囲気のなか、小見が独特な小刻みのステップを踏むのを見守りながら、私たちはただ信じていた。無意識に手を組み、ある人は強く祈り、ある人はゴールを見つめ、ある人は息をのんでいた。

冷静に放たれたボールはランゲラックの逆をつき、ゴールネットを揺らす。
間髪入れず、南から地鳴りがしそうなほどの歓声があがった。

勢いあまり振り向くと、後ろにいたサポーターは泣きそうになりながら顔を綻ばせている。誰とも分からない人とハイタッチを交わしながら、皆、さまざまな顔をしていた。

私はもう涙など出なかった。
ここまできたら、延長戦で優勝を決め切るしかない。


これから本気で勝てる気がした。半分夢物語だった″新潟にタイトルをもたらす″目標が、いま目の前まで来ていると初めて実感したのはこの瞬間である。
延長戦はスパンを入れず始まった。

新潟としては小見の得点の勢いそのままどうにか先制をしておきたかったのだが、延長前半で得点を許してしまい、名古屋グランパスが頭ひとつ抜けた。

このゴールを決めたのは名古屋グランパスの中山。紛れもなく、先程小見に足をかけてPKを献上してしまった当事者である。
中山のゴールに再度湧く北側。とりどりのパイフラが舞う光景はまさに名古屋らしいゴール裏の風景であったと覚えている。

このタイミングで不安が頭をよぎったのは言うまでもない。
ただ、少なくともこの時間新潟も攻撃ができていた。試合終了のホイッスルまでに、あともう2点決めればいいのだ。
名古屋相手に簡単な話ではないことは分かっている、でもあの時はもうひたすらにチャンスシーンで「打て」「前出ろ」「そうそう!」と声をあげながら今か今かと得点を待っていた。

そしてその時はやってくる。

延長後半に突入し、両者から疲れが見て取れるようになってきた時間帯。
ふいに新潟の縦パスが綺麗に通り、チャンスが訪れた。
縦パスを収めた長倉は名古屋のディフェンスを交わしながらさらに縦にボールを流す。
これを冷静に収めたのが、小見であった。
また、小見がやってくれたのだ。

小見の目の前には名古屋のゴールキーパー、ランゲラック。一対一で対峙し、ランゲラックが前に出てボールをキャッチしようと手を伸ばしたその一瞬で、ゴールに放った。

あの瞬間の雰囲気はどうやっても忘れられない。
もう、やってくれたな!!と叫んでしまう。
最高の雰囲気であった。
まだまだ終わっちゃいない。
一層声援が大きくなる南のゴール裏を見て、無意識に左胸に手を当てていた。


しかしこの後チャンスを決め切ることは出来ず、またもや同点のまま延長戦は終了した。
即座にビジョンに表示される「PK戦」の文字に、ここまで来てしまったと感じた。

間髪なくPKの準備が進むピッチ。
コイントスの結果、PK戦の舞台は名古屋のゴール前となった。
名古屋だって新潟だって後がない状態でのアウェイ状態。私たちはただ、遠くのゴールを見つめながら声を上げ信じることしかできない。


PKの経過を簡潔に話すと、2回目にPKを蹴った新潟の長倉が枠を外した。
その後新潟の選手も名古屋の選手もミスをすることなくPKを決めきったため、結果新潟は敗退した。

新潟の欄にやけに目立って見える✖︎の記号が鬱陶しかった。

長倉は後日談で、ボールを蹴った瞬間にやってしまったと思った。と話している。
PKを外した瞬間その場でうずくまる長倉の姿は、どれだけのサポーターの心を絞めただろう。
それでも、私たちは声を上げ信じることしかできないのである。

試合が終了し、北から歓喜のコールが聞こえる中、なるべくそっち側を見ないようにしながら私はバックスタンドまで挨拶にきた誇り高き新潟の選手たちを迎えた。
他の選手に支えられながら顔を上げず泣いている長倉の姿に、堪えられず涙もこぼれた。

ただそんな長倉のことを責めるヤジは一切聞こえなかった。
それもそのはず、長倉は今の今までルヴァンカップで多くの得点をあげてくれていたからである。
彼なくして、新潟が今年ルヴァンカップ決勝の舞台に立つことは無かったかもしれない。

「長倉ありがとう!」
誰かがそう言ったのが聞こえて、私はいっそう視界をにじませる。


結果としては敗退。
ただ、間違いなく今年1番よかったゲーム。
あの時同じ場にいた新潟のサポーター達だけじゃない。
テレビの前で見守ってくれていた友人たちや、北のゴール裏で高らかに声を上げていた名古屋のサポーターでさえも、新潟のプレーを賞賛した。

以下はあの瞬間名古屋のゴール裏で声を枯らしていた知人が後日私に送ってくれたメッセージの一部である。

人生で一番の試合だったしもし優勝したのが逆でもそれは変わんないと思うくらい最高の試合でした。ほんとに決勝の相手が新潟でよかったです
(中略)
1失点目で嫌な失点の仕方をしても新潟のサッカーを貫き通すとこを見て自分たちのスタイルにものすごいプライド持ってるってことがわかったし新潟がいろんな人に応援される理由がわかりました

捻くれた言い方をすると敗者に配慮され尽くした丁寧なただの慰めにすぎないが、私がこの文章を読んで涙をこらえきれなかったのは事実だ。
この瞬間に至るまで、辛い気持ちになりながらもアルビレックス新潟というチームに誇りを持っていたからこそ、相手に素直に評価してもらえたことが嬉しかった。
そしてそんなチームを、私はやはり誇りに思うのだ。


私たちサポーターは、そのチームをどれだけアイシテいても直接試合の勝敗には関われない。
試合を決定付けるのはその瞬間、ピッチに立つ者たちのみであるから。
それでも、やっぱり私たちはただ声を上げ続ける。信じ続ける。彼らと共に戦い続ける。

一等星が輝くエンブレムは私たちの誇りだから。
新しい星はまた来年探しに行こう。


#サッカーを語ろう

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