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「アイアンクロー」の感想(ネタバレあり)

ポスターアートなどを見て、めちゃくちゃ期待して、観に行ったけど予想を遥かに超える傑作だったと思う。

観る前は感動作っぽい予告を観たせいで「レスラー」みたいなプロレス映画かと思っていたけど全然違った。
役者さんの肉体的な説得力や、実際にやってる様にしか見えないプロレス描写等、プロレス映画としてクオリティはめちゃくちゃ高いのだけど、物語的に主人公を幸せにするモノとしてプロレスが機能していなくて、「スポ根映画」のジャンルには入ってこない感じがする。
手触り的には「フォックスキャッチャー」とかに近い暗さがあった。

あくまでメインで語られるのは、主人公ケビンと家族とのドラマになっている。
ケビンが後に妻となるパムとの初めてのデートで話していた「家族と一緒にいたい」という願いが彼の1番大切なモノなのだけど、それがことごとく打ち砕かれていく悲劇を描いていて、その苦味こそが胸を打つし、それでもその果てに彼が手に入れる小さな希望が見えるラストがとても素晴らしかった。

不幸が続く度に、「家の呪い」と言うセリフが何度も出てくるのだけど、本当に予期せぬ不幸も確かにあるがどう考えても父親が強制する「男らしさ」こそが、彼等兄弟にとって「呪い」になっている。
主人公は両親からまともな愛情を受けられず、子供時代に子供でいる事が出来なかったのだけど、それ故に兄弟同士の愛が強くなっている。

だからこそ父親がスパルタ教育によって、プロレスの成績で兄弟の中ではっきり順位をつけ仲を引き裂く様な展開の連続がきつい。
結果的に肉体的にも精神的にもそれぞれが無理をして壊れて亡くなっていく。
主人公は妻であるパムに出逢うことでかろうじて、「家族」とは違う視点を手に入れたおかげで「呪い」から逃れられた様にも見えた。
他の兄弟達は結局家族にしか居場所が無いが故に悲劇に見舞われてしまう。

映画冒頭の父親がアップで敵を上から襲うアングルがケリーが自殺した時にケビンが父親の首を絞める所が重なる様になっているのが、父親を否定したいのに結局父親と同類になってしまう事を示しているみたいで悲しい。
ただそこで暴力をやめてケリーの死体を抱いて最後の時間を過ごす事を選ぶのが、真の意味で父親を越えた瞬間にも見えて切ないけど感動的だった。その後の天国描写もめちゃくちゃ辛い。
死ぬ事でしか父親から離れられない兄弟達の再会。序盤での兄弟達で楽しそうに川下りする描写が印象的だからこそより切ない。

ラストシーンは子供達が遊んでいる様子をかつて家族でやったラグビーを思い出しながら、ケビンが涙を流す所で映画が終わっていく。
決して劇的な演出は無く静かに見守る様な撮り方がより涙腺を刺激された。
父親に禁じられ、弟達の葬式で流す事が出来なかった涙をやっと流す事が出来て終わっていく。
やっと自分の気持ちを素直に表に出す事が出来る様になった事で、彼が呪いから解放されたという感動もあるのだけど、ここに至るまでに彼があまりに大きく失ってきたモノも同時に思い返してしまい決して綺麗事で終わっていかない。
それでも彼が子供達と自分と同じ思いをさせない様に前を向いていく様なラストカットでめちゃくちゃ泣いてしまった。

あと全体的に静かながら不穏さや、ここぞという所でビクッとさせるサスペンス演出等、映画としてめちゃくちゃクオリティが高いと思う。
特に最後に亡くなるケリーとの哀しい再会までの流れとかとても緊張感があり、銃声が聞こえる所で思わずビクッとなってしまう位、集中して観てしまった。

ケビン

幼い頃から兄を亡くし、一番恐れているのはまた家族を亡くしてしまう事なのだけど、それも虚しく次々と亡くなる弟達を見送らなければならず、彼の精神がどんどん追い込まれていくのが観ていて辛い。
演じたザック・エフロンは、これまでのイメージから大きく変わる本物のプロレスラーにしか見えない肉体的な説得力も凄いし、端正な顔と優しくてつぶらな目が本来なら別の生き方もあったんじゃ無いか?と想像する様なケビンの不憫さをより際立たせている感じがして、とても役柄としてハマっていたと思う。
不幸を溜め込んでどんどん顔が死んでいく演技力も良いし、最後にやっと涙を流して彼らしさを取り戻せた最後の表情も本当に素晴らしかった。

デビッド

序盤でトレーニング等でストイックなケビンとの対比を描きつつ、生真面目なケビンと違い社交性があって人間関係は器用に立ち回っていて、マイクパフォーマンス等が苦手なケビンは彼にすこしコンプレックスを持っているのが、前半のさりげない演出で分かる様になっている。
本来仲が良いのに競わせる様に仕向けられているのが、これがまた観ていて辛い。
それでもケビンの結婚式のトイレの場面で腹を割って話し絆を深めたと思ったら、すぐ亡くなってしまう展開がまたキツイ。

そして彼の死で、父親の期待を一番に背負った兄弟から順に続く様に亡くなっていく地獄がここから始まっていく。

ケリー

元々円盤投げの選手で、そちらで活躍していたのに、アメリカのオリンピック辞退により、父親の元に戻ってきてしまう。
他の兄弟と違い父親からの支配から遠くに居たのに地獄に引き戻される様な展開が映画が終わって振り返ると本当に辛い。
最後の天国描写は彼の目線にも見えるし、ケビンのせめて「ここじゃない場所で幸せになって欲しい」という願いにも見えて本当に切ないシーンだった。

マイク

不幸に見舞われてはいくものの、他の兄弟達はプロレスの資質があったのに対してマイクは明らかに向いているとは思えないし、何より本人が心の底からやりたい事では無いというのが、特に救いが無いと思う。
音楽をやっている時が心の底から幸せそうに見えるだけに、後半半ば無理矢理プロレスをやらされて身体を壊してしまう結果になり、前まで弾いていたギターも満足に動かせなくなってしまうシーンがあまりに哀しい。

1980年代のお話しではあるけど、この映画で描かれる「男らしさ」や「家族」の「呪い」は、現代でも誰もが共感出来る地続きな「呪い」だと思う。
だからこそ主人公ケビンが「呪い」を乗り越えて自らの気持ちを解放するラストは誰にも共感出来る普遍的な感動があったし、役者も演出も本当に素晴らしかった。今年を代表する大傑作だと思う。

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