BLUE/ブルーの感想(ネタバレあり)
久しぶりのT-JOY京都で鑑賞。楽しみ過ぎて土曜朝イチの回に行ったけどお客さんは少なかった印象。
吉田恵補監督の優しい視線
僕は前作の「愛しのアイリーン」が超大好きで、新井英樹作品が持つルールやモラルを越えた人間の野蛮なエネルギーみたいなものを掬い上げ映画として見事に落とし込んでみせた傑作だと思う。
吉田監督本人も自分の映画作品の根幹に「愛しのアイリーン」の影響があると言っていた通り完全に間違っている人達が見せる愛おしい人間味みたいなものを描く手腕は新井英樹作品の血脈を受け継いでいるからこそなんだろうなぁ。
今作も世間的には共感出来ない様な主人公の作品ではあるのだけど最近の作品に多かったサスペンス的な事件性がある展開はないし、そういう意味での大きな山場は少ないかもしれない。
ただ今作は吉田監督自身がずっと続けてきた「ボクシング」というスポーツに打ち込む人たちを、記号的にせずどこまでも生々しい人間として描く実体験に基づいたリアルさこそが魅力の作品になっていた。
ボクシングについての映画
まず吉田監督が自ら出したアイデアというか実体験を落とし込んだであろうボクシング描写の細かいディティールの数々を観ているだけで楽しい。
冒頭のバンテージにマジックで印を付けていく所で「知らなかったけどすごい本物っぽい!」って感じがしてロッキーみたいなボクシング映画じゃないんで!と宣言しているみたいだ。
マウスピースってそうやって作るんだ、、、とか、一瞬で「あ、これまずいかも、キックボクシングやってたヤツだ」って気づく所も言われてみれば確かに、となる絶妙さ。ただトリビア的な情報を出してくるのではなく説明台詞とかなしでこちらに理解させてくる手腕は流石。
ストーリー的には主人公達はそれぞれ特定のライバルがいる訳でもなく、登場人物達が必ず闘わなけらばならない宿命的なものはない。
僕はボクシング映画といえばロッキーシリーズが大好きなのだけど、それはボクシングが題材だから好きという訳ではなくボクシングを通して作り手が考える人生観みたいなモノをこちらに語ってくる所にこそ感動するシリーズだと思っている。
でも今作はそうではなくボクシングそのものが好きな人達はどういう人達なのかをリアルに描くことにこだわり、そんなすべてのボクシングに関わってきた人達にエールを送る様な優しい作品になっている。
そして結果的にそういうボクシング馬鹿な人々を描くことで普遍的な人生の痛みや好きな事がある事の素晴らしさを観てるこちらに伝えてくる。
映画が観終わった後も彼らがその後どうしているのかな?と思い出さずにはいられない位全ての登場人物が魅力的だった。
登場人物
瓜田
ヘラヘラしながら他人から何を言われても平気な顔をしているが所々で負けた事に対して悔しさをにじませたり、初恋の相手である千佳の結婚を聞いて明らかに動揺を見せたり、穏やかな人柄故にいつか心が壊れてしまうんじゃないかと不穏な緊張感を常に漂わせている。
そんな彼が自分の引退試合に負けた後なのに小川へ必死に声援を送ったり、自分がボクシングを辞めた後ですら楢崎にアドバイスのノートを送ったり、自分の人生やプライドを越えて「何かを驚異的に好きである人間」の強さみたいな部分に、ずっと彼を見てきた登場人物と同じ様に涙を流してしまう。
もう別の人生を選んだはずなのに体に染みついたボクシングが残り続けている事を示す様なラスト。ハッピーエンドともバッドエンドとも取れない、でもボクシングが根っこにある自分を確かめている様で素晴らしい切れ味の終わり方になっていた。
小川
段々とボクサーとしても人間としても壊れていく描写が観ていて辛い。
上手くしゃべれなくなったり、物忘れがひどくなったりくらいならまだ良かったけどけど、トラックで事故を起こす所は一歩間違えれば人にぶつかってもおかしくなかったしシャレにならない怖さがあった。
結果的に一番まともに社会生活を送れない人になっていくのだけど、それでもボクシングの炎を消せない彼を肯定する様なラストがとても好きだ。
松山ケンイチとは「聖の青春」のライバル関係も素晴らしかったけど(特に最後の対局で彼が涙を流す所はあの年のベストシークエンスだったと思う)今回も憧れや妬みや友情が入り混じった複雑な感情の関係性が見応えがあった。
瓜田の「負ける事を願っていた」に彼が答える最後のやりとり、予告で観た時は「表向きは仲良くしてたけど実は分かり合えない2人なのかな。」と思っていたけど、本編観たら全然そんなシーンじゃなかった。
瓜田はボクサーや友達やトレーナーとして彼と接していた訳だけど、最後の最後にそういう鎧を脱ぎ捨てやっと自分の本心を彼にさらけ出した様に見えた。それに対して「分かっていた」と答えるしかない彼が瓜田の去り際にする小さいお辞儀に泣いた。
楢崎
最初のいかにも頼りなさげな風貌から少しずつボクサーとして目覚めていく過程を丁寧に見せていくのだけど、実際のボクシングの事をほとんど知らない僕の様な観客は彼の目線で学んでいく事になるので、この映画の中である意味一番重要な役割を担っている。
認知症気味の祖母との関係性を描いたシーンとかそんな多くはないけど、説明セリフなしで演出力だけで感動させてくるのはさすが吉田監督だと思う。
万引きした後の帰り道で聞いているのか聞いていないのか分からない祖母に自分のボクシングの話をしながら2人で歩く背中のカットで何故かめちゃくちゃ涙が出てきた。
彼が瓜田を倒した元キックボクサーに挑む展開はフィクションっぽさが増してて、苦手なボディ攻撃の練習をしている試合前のトレーニングシーンはここだけロッキーっぽくてちょっと笑った。淡々としている様でこういう所でちゃんと熱いボクシング映画として盛り上げてくるのにやられた。
千佳
楢崎はどんどんボクシングの世界の中に入ってその魅力を案内していく役割だけど、千佳はボクシングの世界のあくまで外側から彼らを観ているもう一つ大事な観客の目線を担っている人物だと思う。
瓜田と小山の三角関係の描写がとても自然でこういう日常に近い恋愛演出はやっぱ吉田監督は上手い。
瓜田の最後の試合の走馬灯が彼女にバンテージを巻いてあげた思い出だったのが、やっぱり彼のボクシングの根っこの部分に彼女がいるような感じがして切なかった。
その他、楢崎のライバル的になる赤髪の彼も最高。色々あったけど最後の楢崎の試合に応援に来てくれる所はさりげないけどまあ号泣する。あと厳し過ぎず優し過ぎず絶妙な距離感でボクシングを教えてくれる会長さんの本物感も素晴らしかった。というかあそこのジムの人達みんながそこにいるとしか思えない存在感だったなぁ。
という感じで前作の「愛しのアイリーン」も吉田監督自身も集大成的だと認める位に熱量のある傑作だったけど、今作も違うアプローチだけどよりプライベートな作品として傑作になっていたと思う。
この後どんな作品を撮っていくのか本当に楽しみだ。