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「ぼくが生きてる、ふたつの世界」の感想(ネタバレあり)

MOVIX京都にて呉美保監督の舞台挨拶付きバリアフリー字幕付き上映回で鑑賞。

呉美保監督最新作

何と言っても「そこのみにて光輝く」や「君はいい子」等、傑作を生み出してきた呉美保監督の最新作という事でかなり期待して鑑賞したけど、その期待以上の傑作だった。
「君はいい子」でもそうだったけど、ラスト前の映画的な感動の畳み掛け方が素晴らしくて、めちゃくちゃ泣いてしてしまった。

原作は大人になった目線からの回想形式の語り口らしいけど、リアルタイムで主人公が成長していく構成に変更したのが、映画的には大成功だったと思う。
主人公自身「なりたいものがない」と話していたけど、彼がどこに向かって映画が進んでいくのか?分からないからこそスリリングだし、観てる僕等と同じく必死に人生を生きていこうとする1人の人間として、とても共感出来た。

あと呉美保監督作品の素晴らしいのは、そういう普遍的で決して軽くないドラマを描きつつも、めちゃくちゃコミカルな描写も沢山入れてくる所で、キツい出来事があっても、しょうもなくも笑える所も同じくらいあって、映画として偉ぶって無くとても親しみやすくもある。

幼少期から大人までの丁寧なドラマの積み重ね

舞台挨拶で監督自身、子育てでしばらく映画を撮る時間が無かったと話されていたけどその経験からなのか、主人公である大が赤ん坊の頃から少しずつ成長して大人になっていく描き方が本当に丁寧で、幼少時代の何でもない様に見える母と息子のやりとりだけで涙腺を刺激される。
これまでの作品でも小さな子供に対する演出力が素晴らしい印象だったけど、今作で更に磨きがかかっていたと思う。
特に大が字を覚え始め母への手紙を自分の家のポストに投函し合うシーンは本当に愛おしい時間が流れていた。
しかもこの「母への愛を言葉にする」という行為自体が彼が最終的に執筆することのオリジンとして繋がってくるのがまた構成として上手い。

あと、大の幼少期から小学生までどの子役の子も吉沢亮の子供時代として説得力あり過ぎてびっくりした。

そんな大も成長するにつれ、自分の母親が耳が聞こえない事で普通の母親と違うのではないか?と思い始め、少しずつ彼の中で違和感が膨らんでいくという心情の変化の描き方が、また本当に丁寧。

小学校の初めて家に遊びに来た友達の反応や、近所の大人たちが自分に向ける視線の特別さ等、だんだん彼の地元での息苦しさが増していく描写が何とも辛い。

そしてそこから中学生時代で吉沢亮が演じる大へと変わっていくのだけど、この時点ではかなりやさぐれていて、めっちゃ反抗期真っ只中という感じが、家族ドラマとして見応えを増していく。

高校受験を失敗して「全部うちの家族が悪い!」と、母親に怒りをぶつける場面はかなりきつかった。
ただ、呉美保監督作品が素晴らしいのは別に「特別な家庭だから」という描き方を絶対しない所で、この大の暴言もどこの家族にもありそうなぶつかり合いとして描いている所だと思う。
というか、僕自身中学生や高校生の時似たような家族への煩わしさを感じていたことがあって喧嘩した事もあっただけに、このシーンでは完全に自分事として共感して「痛み」を感じた。

東京への上京

そんな彼が色んな事に対して「見返してやりたかった」という想いや、父親が背中を押した事等もあって東京へと出ていくのだけど、最初の「何者でも無い自分」から少しずつ成長していく過程がまた面白かった。

ユースケ・サンタマリア演じる荒くれ編集長がいる編集部で自分の仕事を見つけていく流れや、地元では父と母しか周りにいなかった耳が聞こえない人達との交流を通して、客観的に父母の人生に想いを馳せたり、自分の家族が実は特別では無いという気づいたり、段々と精神的に大人へと変わっていく過程がドラマとして引き込まれていく。

ラスト父親が倒れた事をきっかけに8年ぶりに帰省するのだけど、若さ故にちゃんと向き合えていなかった、家族と再び向き合い直すシーンの数々が静かだけどとても味わい深い。

そして再び東京に帰る際に母親に見送ってもらう所で、上京直前に母と背広を買いに行った時の事を思い出す。
ここはこれまでの母からの想いに気づき泣いた事を再び思い出し、「回想の回想」みたいになっていて、普通の映画のクライマックスとしてめちゃくちゃ変わっている演出だけど、それが素晴らしかった。

「街中で手話で話してくれてありがとう」という何気ないけど彼にとっては重い言葉で、ふいに溜め込んでいたものが溢れ出してくる無音での母親の自分に向けてくる視線のカットの数々で、初めて彼が自分を心底思っている気持ちに気づく(というか気づいてしまう)、ここでの吉沢亮の泣き顔演技でまあ素晴らしくて、観ているこちらも号泣してしまう。

その当時は感情が噴き出すだけだった気持ちを今出来る自分のやり方で表現し残そうとする所で映画が終わっていくのが、物語の終着点として素晴らしかった。
そして東京行きでトンネルの中に入っていくカットが印象的に入っていたけど、彼が自分のやるべき事に目覚めるラストにトンネルから出るカットが入るのが、映画的な感動があって終わり方としても、とても美しかった。

登場人物

演じた吉沢亮は流石で、気怠くて生意気な若者を演じさせたらやっぱりこの人は絶品だと思う。
こんな綺麗な顔をしているのに、その辺にいるフラフラした若者にしか見えない自然さで大を演じ切っていた。
最初役者を目指してオーディションを受けるシーンとか、顔も良いし実際にめちゃくちゃ売れている俳優吉沢亮なのに、セリフを覚えてきてない以前に佇まいだけで「こいつは役者として売れないわ、、、」という説得力がありすぎて笑ってしまった。またゲゲゲの鬼太郎みたいな髪型も絶妙。

あともちろん、この物語を見る事で誰もが自分の家族との記憶を刺激してしまう大事な要素として、聾唖でありながら何処にでもいる普遍的な母親像を見事に体現した忍足亜希子の演技も圧巻だった。
綺麗な女優さんなのだけど、どこにでも居そうな若者を体現していた吉沢亮と同じく、こちらもどこの町にでも居そうな普通の母親の佇まいが何故か分からないけど涙腺を刺激された。

「こんな家に生まれたくなかった」と言われた時の表情が素晴らしくて、怒るでも悲しむでも無く、ただ大の想いを受け止めようとしている様な名演で、思わず引き込まれてしまった。

最期の「ありがとう」という言い方とかも、さりげないからこそ泣ける感じだったし、どのシーンも素晴らしくて個人的には今年の主演女優賞だと思う。

母に比べると決して出番は多くないけど、父親役の今井彰人の存在感も良かった。
途中大とパチンコ屋でバッタリ出会い、軽く思い出話を話すみたいに東京へと母と2人で駆け落ちした話をする所とか面白いし、その軽さのまま大の東京行きの背中を押していくのが、何というかとても優しくてグッと来てしまう。

三浦友和のくだり、マジでしょうもないけど、忘れた頃に終盤で「洋服の青山」で回収されるのとか笑っちゃった。

祖父

あとでんでん演じる祖父も本当に実在感のある嫌らしさと、絶妙なコミカルさを併せ持つお爺ちゃんという感じで素晴らしかった。
映画の初めの方で暴れて仏を信じている祖母へと暴力を振るう描写とか本当に地獄な家族描写なのだけど、自分が死んだ後、毎日妻からお経を聞かされる復讐描写とかはめちゃくちゃコミカルで痛快だった。
しかもこの豪快なお爺ちゃんが居なかったからユースケサンタマリアの編集部で働けなかっただろうし、何が自分の人生を決定づけるか分からない味わい深さがまた良い。

その他にも東京編でのユースケ・サンタマリアの頼りになりそうで全然ならない存在感とかも最高だったし、図太く逞しく生きている耳が聞こえない人達のカッコ良さ等、どの登場人物も実在感を持って愛おしく描いていて、やはり呉美保監督の演出力の高さは流石だったと思う。

エンドロールで流れる劇中の手紙をモチーフにした曲とかも、しんみり泣かされる後味で凄く良かった。

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