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栄養剤の比較(3)〜今さら聞けない在宅医療の基礎知識 Vol.1〜

栄養剤の比較(1)栄養剤の比較(2)とも、多くの方に読んでいただきありがとうございます。
もっとコンパクトにまとめるつもりが、勉強しながら書いているとついつい内容が膨らんでしまいました。

さらに、今回は完結編として、微量元素を中心に栄養剤ごとの違いを見ていきますが、かなりマニアックな内容になってしまいました(^^;)

先にポイントをざっくりと言っておきますと、

■エネーボとイノラス以外の栄養剤だけだと微量元素が全般に不足しがち
 (エネーボとイノラスも万能ではない)
■亜鉛は十分摂取しているつもりでも吸収されていないことがあるので注意
■イノラス以外の栄養剤にはヨウ素が含まれていない
■エネーボとイノラス以外の栄養剤にはL-カルニチンが含まれていない
 (エネーボとイノラスでも不足する場合がある)
■栄養剤によって便性が変わることがある

・・くらいの理解をいただければと思います。

なお、一連の記事は当面は無料公開しますが、一定期間が経過したら有料に変更するかもしれませんので、ご了承ください。

【全ての栄養剤に含まれる微量元素】

さて、前回出した表をもう一度掲載します。
微量元素8種類のうち、全ての栄養剤に含まれているのは、鉄・亜鉛・銅・マンガンの4種類のみです。

<鉄>

鉄は1日あたり、成人男性で7.5mg月経のある成人女性で11mg閉経後の女性で6mgくらいの摂取が推奨されています。
一方、注意が必要なのは子どもから思春期の時期で、乳幼児期には5mg程度学童期に入ると成人と同程度の摂取が推奨され、特に思春期の推奨摂取量は成人より多く男子で10mg 、女子で12mg程度です。(※5)

栄養剤に含まれる量を見ると、100kcalあたり0.6mg〜1.47mgと大きな差がありますね。
鉄は不足しやすいミネラルの一つで、新しく登場したエネーボとイノラスは比較的多く含まれています。
しかし、成長の時期や、使用する栄養剤によっては不足することもありますので、必要に応じて薬や食事、サプリメントでの補充も検討されます。

<亜鉛>

亜鉛も鉄と同様に欠乏しやすいミネラルの一つで、1日あたり成人男性で11mg成人女性で8mgの摂取が推奨されています。
子どもから思春期の時期も、必要量は概ね年齢と共に増えてくるという感じです。(※5)

栄養剤ごとにみると、ラコールと消化態栄養剤と成分栄養剤では少なめですが、それ以外ではまずまず必要量を摂取できそうな量が入っています。

しかし、必要な量の亜鉛を摂取しているつもりでも、現実には亜鉛不足は多くの重症心身障害児や高齢者などで発生してしまいます。

理由は、亜鉛は多くの薬剤によって吸収が阻害されるためです
吸収阻害の可能性が指摘されている薬剤の数、実に200種類以上!(※6)

そのため、幼少期から多種の薬を長期間内服している重症心身障害児や、慢性疾患に対して薬を継続内服する高齢者などでは栄養剤だけでは欠乏することが意外に多くあるのです。

亜鉛が不足すると生じる症状の一つに、とても多彩な皮膚炎があります。
これが栄養剤の比較(2)の冒頭に書いた、「重症心身障害児には皮膚の弱い子が多い」印象の原因の一つだったわけです。

オムツかぶれがひどい子や、気管カニューレや胃瘻でこすれる部位がすぐに真っ赤になる子などは、亜鉛をしっかり補充したら症状がましになることを現場ではちょこちょこ経験しますので、一度主治医に相談してみてはいかがでしょうか。

<銅>

銅は1日あたり、成人男性で0.9mg成人女性で0.7mgの摂取が推奨されています。
亜鉛と同様、子どもから思春期の時期には必要量は概ね年齢と共に増えてくるという感じです。(※5)

銅は、普通に食事を摂っていれば欠乏にも過剰にもなることがほとんどない微量元素です。
しかし、栄養剤のみで長期間過ごしていると欠乏する可能性があり、特にツインラインとエレンタールでは含有量が少なめなので注意が必要かもしれません。

銅が欠乏すると、貧血骨の異常髪の毛の異常成長障害高コレステロール血症などが起こると言われています。
栄養剤の比較(2)の冒頭に書いた「重症心身障害児には髪の毛が薄かったりチリチリの子が多い」印象の原因の一つが、銅欠乏である可能性は考えておかねばなりません。
また、鉄を十分に摂取しているのに改善に乏しい貧血の場合、銅の不足による場合がありますので注意が必要です。

<マンガン>

マンガンは1日あたり、成人男性で4mg成人女性で3mgの摂取が推奨されており、子どもから思春期の時期には必要量は概ね年齢と共に増えてくるという感じです。(※5)

穀物や豆類に多く含まれているので、日本人の一般的な食事での摂取量は十分であることが多く、過剰になることも欠乏することも稀です。

マンガンは全ての栄養剤に含まれてはいるのですが、表を見ていただくと分かるように、新しく登場したエネーボとイノラス以外の栄養剤は含有量が少な目です。

マンガンの不足により、成長障害骨が弱くなるなどの影響があるといわれています。

【栄養剤によっては含まれない微量元素】

微量元素のうち、クロムモリブデンセレンヨウ素の4つは、以下の表の通り、栄養剤によって含まれないものもあります。(※7)

<クロム>

クロムは1日あたり、成人男性・成人女性とも10μgの摂取が推奨されています。(※5)

海藻類やキノコ類などに多く含まれており、日本人の一般的な食事での摂取量は十分であることが多く、過剰になることも欠乏することも稀です。

クロム不足は耐糖能に影響を与えると考えられており、必須ミネラルに位置づけられています。
しかし近年、ヒトの食事からの摂取が本当に耐糖能に影響するのか疑問視され、必須ミネラルと位置づけしなくて良いのではないか、との説もあるようで、今後も議論が続きそうです。

栄養剤では、エネーボとイノラスのみに含まれています。

<モリブデン>

モリブデンは1日あたり、成人男性で30μg、成人女性で25μgの摂取が推奨されています。
また、5ヶ月までの乳児で1日あたり2μg6ヶ月から1歳未満の乳児では1日あたり5μgの目安量、それ以上の子どもや思春期の時期についても概ね年齢と共に必要量が増える形になっています。(※5)

モリブデンはマンガンと同じく穀物や豆類に多く含まれているので、日本人の一般的な食事での摂取量は十分であることが多く、過剰になることも欠乏することも稀です。

モリブデンが不足すると、成長障害神経障害を来すと言われています。

栄養剤では、エネーボとイノラスのみに含まれています。

<セレン>

セレンは1日あたり、成人男性で30μg、成人女性で25μgの摂取が推奨されています。
また、小児でも比較的必要量が多めで、乳児でも成人の半分の15μgが目安量に設定されています。

セレンは魚介類に多く含まれています。
また、野菜などの食べ物では、生産された土地に含まれるセレン含有量によって含まれる量が変動するそうですが、日本で消費される野菜や肉には、その産地や飼料の由来からセレンが多く含まれていると考えてよさそうで、日本人の一般的な食事で欠乏することは稀です。

一方で、耐容上限量(中毒量)は他の微量元素に比べて低めなため、安易なサプリメントの多用による過剰症に注意が必要です。

栄養剤では、ラコールラコール半固形剤ツインラインにも含まれていますが、エネーボイノラスに比べると半分以下の含有量となっています。

セレンが欠乏すると、心筋障害皮膚の乾燥骨や関節の障害などを来すと言われています。
また過剰摂取すると、爪の変形、脱毛、胃腸障害、などの症状が出ることがあります。

<ヨウ素>

ヨウ素は人体の中で70%以上が甲状腺に存在していて、甲状腺ホルモンの材料となっています。

ヨウ素は昆布などの海藻に多く含まれていて、昆布を原料とした出汁を用いた加工品などにも多く存在します。
ですから、日本人は世界的に見てもヨウ素を非常に多量に摂取する文化を持ち、意識的に昆布の摂取を避けるなどしない限り欠乏することは稀です。

甲状腺ホルモンは成長に関係し、乳児期からヨウ素の必要量は多く、成人と乳児の摂取推奨量がほとんど変わらないという特徴があります。(※5)

一方で、耐容上限量は子どもでは成人に比べてかなり低いことには注意を要します。
母親が普通に食事をしていれば、母乳にもヨウ素は十分に含まれていますので、あえてヨウ素を添加したり、昆布を多量に食べるなどすると、むしろ過剰になるリスクをはらみます。

しかし、栄養剤では、イノラスエレンタールエレンタールP以外のものにヨウ素は含まれていません。

こういった栄養剤のみで長期間過ごしていると、特に子どもでは甲状腺機能低下症による問題などが生じる可能性があるため、適切な添加を必要とします。

【カルニチンと食物線維】

微量元素と同様に、栄養剤によって含まれていたりいなかったりするものとして、あと2つ、L-カルニチンと食物線維について触れておきます。

<L-カルニチン>

L-カルニチンは必須栄養素には入っていませんが、食事からの摂取が少ないと体内で十分量は作られず、不足することがある栄養素です。
肉、魚、牛乳などの動物性食品に多く含まれているので、菜食主義の方を除けば普通に食事をしていると欠乏することは稀です。

しかし、栄養剤の中では、新しく登場したエネーボとイノラス以外には含まれておらず、長期間の栄養剤のみの使用によって欠乏することがあります。

また、フェノバルピタール、バルプロ酸、フェニトイン、カルバマゼピンなどの抗けいれん薬や、フロモックス、メイアクト、オラペネムなどピボキシル基を含む抗生物質の内服により、カルニチンの血中濃度が極端に下がる場合があることが分かっており、これらを長期間内服している方では特に注意が必要です。

カルニチン欠乏による症状は、筋力低下、こむら返り、低血糖、意識障害、脂肪肝・肝機能異常、心機能低下・突然死など多岐にわたります。

<食物線維>

食物線維は絶対に必要な栄養素というわけではありませんが、摂取しないと便が緩くなり、下痢になりやすくなります。
しかし、摂取量が多いと消化に負荷がかかるので、消化機能の低い方にはむしろ含まれていない方が良いという場合もあります。

エネーボには食物線維が多く含まれており、このため他の栄養剤に比べて便が固形に近くなる特徴があります。
これは、他の栄養剤で下痢に悩む方にとっては良いのですが、便秘傾向の方ではさらに便秘になることもあるので、適切な排便コントロールを要します。

また、ラコール半固形剤イノラスにも増粘剤として食物線維が含まれています。
量はエネーボに比べると少ないですが、同様に排便の状況には配慮が必要な場合があります。

【最後に・・】

・・以上、3回にわたって栄養剤を比較してきました。
全部お付き合いいただいた方、本当にお疲れ様でした。

いろいろ詳しく書いてきましたが、今回全く触れなかった栄養剤選択の大きな要素に、「飲みやすさ」があります。
栄養剤によっては多種多様のフレーバーがあり、経口摂取の方はもちろん、経管栄養の方でも風味は感じられますので、好みによって選ばれるのも良いと思います。

微量元素やL-カルニチンの不足を予防するには、栄養剤以外の食べ物を併用することに尽きます。
これらは日本人が普通に食べている食事にたくさん含まれているので、消化機能に問題のない方であれば、ミキサーにかけた食事介護用のレトルト品、あるいは市販の栄養剤でこれらが含まれているものを併用したり、昆布だし貝の味噌汁などを入れる方法もあります。

基本的には、目的に応じて使いやすい栄養剤を使ってもらうので良いと思いますが、特に長期間栄養剤「だけ」を栄養源としている方には注意が必要なことと、「何かヘン」なことが起きた時には、
「あれ、これって栄養が原因かも?」
と疑う目を持っていただければと幸いです。

【注】

(※5)日本人の食事摂取基準(2020 年版)では、今回取り上げた8種類の微量元素の年齢別摂取推奨量の詳細は、以下の表の通り記載されています。
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
ただし、推奨量を摂取しないと必ず欠乏するというわけではないので、必要に応じて血液検査などでチェックすることも大切です。

(※6)抗てんかん薬、睡眠薬、抗不安薬、利尿薬、降圧薬、高脂血症治療薬、PPI(消化性潰瘍治療薬)、抗血小板薬、抗アレルギー薬など、長期間内服する薬剤の中に、亜鉛の吸収を抑制するものが多く存在することが知られています。

(※7)添付文書に含有量の記載がない栄養剤があるものがこの4種類、という意味です。記載がない微量元素も全くのゼロというわけではないと思われますが、少なくとも必要量には不十分であると言えるでしょう。

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