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あなたは誰? 映画『本心』

目の前にいる人は本当に自分の思っているその人本人か。
目の前の人が話していることは、本当にその人の本心か。
AIに侵食されていく中で変わりゆく人間の価値とは。


概要と事前情報とのギャップ

映画のあらすじは以下。

「大事な話があるの」――そう言い残して急逝した母・秋子(田中裕子)が、実は“自由死”を選んでいた。幸せそうに見えた母が、なぜ自ら死を望んでいたのか…。どうしても母の本心が知りたい朔也(池松壮亮)は、テクノロジーの未知の領域に足を踏み入れる。生前のパーソナルデータをAIに集約させ、仮想空間上に“人間”を作る技術VF(ヴァーチャル・フィギュア)。開発している野崎(妻夫木聡)が告げた「本物以上のお母様を作れます」という言葉に一抹の不安を覚えつつ、VF制作に伴うデータ収集のため母の親友だったという女性・三好(三吉彩花)に接触。そうして“母”は完成、朔也はVFゴーグルを装着すればいつでも会える母親、そしてひょんなことから同居することになった三好と、他愛もない日常を取り戻していくが、VFは徐々に“知らない母の一面”をさらけ出していく……。

映画『本心』公式HP

〈田中裕子が出ている作品は大体当たり〉。
私の中のこの常識にも似た認識は、2010年放送のテレビドラマ「Mother」視聴時に誕生した。そしてこの認識にズレが生じたことはなかった。
ところが本作を、当たりかハズレかの一言で表してしまうとすると、どちらかといえばハズレになってしまうかもしれない。
それは、田中裕子の出番の少なさも一因としてある。

AIによって再現された秋子

本作は上記のあらすじの通り、亡くなった母・秋子(田中裕子)の本心を知りたいがために、青年・朔也(池松壮亮)が少々怪しい最新技術を使って母を作り出す、という物語。
故に、朔也と秋子を中心に展開するものだと思っていた。
ところが実際は、予告編から受けたその印象からは、少し違った。
本編は、朔也と、秋子の親友を名乗る女性・三好彩花(三吉彩花)が中心であったのだ。特に中盤以降は、あれ、母親どこ行った?となるほどであった。

演出について

そして、演出が一々奇妙だった。
例えば・・・
暗い空間の中で、台詞がある人物のみにスポットライトのようなものが当てられていたり。そんなことある?
テラスで食事中、店内の人に伝えたいことがある時に、店内に入ることをせず、なぜかその場で身振り手振りで伝えようとしたり。え、締め出されてるんだっけ?

扱っているテーマや演者が良いだけに、そういったおかしな演出が気になって仕方がない。これは、物語の空想上のAIとかSF的な部分では言い訳がつかないおかしさであった。
大袈裟な演出が随所に施されており、所々で舞台を観に来ているんだっけ?と錯覚させられ、非常に勿体無いと感じた。

リアルなテーマと設定で他人事とは思わせない

とはいえ、扱っているテーマや世界観は本当によかった。
本作の舞台は今から数年後の未来。しかし、登場人物たちの生活や使用しているものがあまり未来すぎないことで、「今、既にどこかそう遠くない場所で同じようなことが起こっていそう」と思わせるリアルさがあり、じわりじわりと怖さを覚えた。
例えば、AIに仕事を奪われて失職した主人公たちが得た次なる職は、”リアルアバター”なるもの。ごく簡単に言うと、デリバリーと代行サービスを融合したようなものだ。最期に病床で見たい景色がある人に代わってその場所に行き、中継をすることでその景色を見せてあげたり。
しかし、この仕事はそんなに綺麗な依頼ばかりではない。他者からの匿名の評価で成り立つサービス業という、弱い立場を利用した悪質な客もいた。無理難題を押し付けて四方八方走らせ、挙句「汗臭い」「キモい」などの理由で簡単に最低評価を付ける。評価が悪くなれば、再び失職の危機に直面する。そんな恐怖から、非常識な要求にも応えざるを得なくなる。
これは、身近なところで言えばUberEats配達員などが近しい職だろう。彼らの従業員としての立場は非常に弱く、且つ他者が過去につけた評価のみで見られてしまう。そんな配達員への悪質な嫌がらせが、近年実際に社会問題化している。朔也がリアルアバターとして働く描写は、最早未来の話ではなかった。

リアルアバター中の朔也

それからもう一つ。技術によって蘇らせた母親と対面するために使用する道具は、イヤホンとVRゴーグルだ。これらは両方とも既に存在している。VRゴーグルはまだ誰しもが手にできるものではないが、そうなる日が遠くないことを我々は知っている。そんな中で、誰もが手にできるイヤホンと、そのうち手にできそうなVRゴーグルが使われていることが、この物語の近未来感とリアルさを絶妙に噛み合わせていた。

あなたは誰?本当の姿を見るべきか

朔也は、突然亡くなった母の本心を知りたいがために母を作り上げたわけだが、作られた母と会話を交わしていくうちに、母の知らなかった一面を知ることになる。
朔也は最初、バグが起きたのだとあしらっていたが、母のなんでも話せる親友であった三好がその一面を否定しないことで、次第に本当の母が分からなくなる。
一方、朔也に心惹かれていた三好は、リアルアバターとして代行業をしている途中の朔也に告白される。その好きの気持ちは、依頼者によるものか、はたまた朔也の本心か。惹かれていたはずの朔也のことが、分からなくなる。

ベテラン・実力派俳優たちの中でも見劣りしない演技の三吉彩花

本作は、禁断の技術の利用によって人生が一変した朔也と周辺人物たちの様子を通して、観ている者たちに「あなたの隣にいる人は、誰?」と問いかけてくる作品であった。
作品の宣伝文句の中に「人間の存在を揺るがすー」とある。
その言葉通り、観ている者の多くは揺るがされる直前までいったと思う。
奇妙な演出さえなければ、もっと・・・。


1997年生まれ、丑年。
幼少期から、様々な本や映像作品に浸りながら生活する。
愛読歴は小学生の時に図書館で出会った『シートン動物記』から始まる。

映画・ドラマ愛は、いつ始まったかも定かでないほど、Babyの時から親しむ。
昔から、バラエティ番組からCMに至るまで、
"画面の中で動くもの"全般に異様な興味があった。

MBTIはENFP-T。不思議なまでに、何度やっても結果は同じである。
コミュニケーションが好きで、明朗快活な性格であるが、
文章を書こうとすると何故か、Tの部分が如何なく滲み出た、暗い調子になる。(明るい文章もお任せあれ!)

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