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地味男と幽霊の青春 映画『死に損なった男』

本作の監督・田中征爾の監督作『メランコリック』が好きであり、
且つお笑いも大好きな私は、公開を楽しみにしていた。
その一方で、このような暗めなうえに非現実的な要素を含む作風はアタリハズレの差が激しいから…と正直、大きな期待は抱いていなかった。
ところが、本作は完全にアタリだった。

概要とあらすじ

まずは作品の概要とあらすじから。

「キングオブコント」2021優勝の経歴を持つ空気階段・水川かたまりが映画初主演に挑んだ本作。監督は2019年長編映画デビュー作『メランコリック』が国内外の映画祭で絶賛され数々の賞を受賞した気鋭監督・田中征爾。
オリジナル脚本による予測不能な展開と、天才×天才の化学反応に映画ファンならずとも期待が高まる。そして、共演者には個性豊かなキャストが集結。水川演じる“死に損なった男”関谷一平に取り憑き、娘に付きまとう男の殺害を依頼する幽霊の森口友宏には、「真犯人フラグ」(21-22)、「PICU 小児集中治療室」(22)など人気ドラマへの出演も多く、エキセントリックなキャラクターから冷静沈着な人物まで幅広く演じ分ける実力派俳優・正名僕蔵。
友宏の娘で関谷が辿る数奇な運命の中心的存在となる森口綾を演じるのは、先日Netflixで配信開始となった話題沸騰中のドラマ「極悪女王」に出演する唐田えりか。綾に執拗に付きまとい、ついには命を狙われることになる若松克敏を演じるのは、ヴィジュアル系エアーバンド、ゴールデンボンバーのギター担当であり、俳優やタレントとしても活躍中の喜矢武豊。
関谷が構成作家として働く芸人事務所「金子プロ」の同僚・竹下希を演じたのは、元乃木坂46にして卒業後は女優・タレント・モデルとマルチに才能を発揮する堀未央奈。同じく関谷と同じ事務所の後輩にして売れっ子作家として活躍する沢本五郎には、昨年カンヌ国際映画祭にて脚本賞を受賞の『怪物』に出演していた森岡龍。個性豊かな実力派俳優たちが集結し、“死に損なった男”の運命を翻弄する。

出演は俳優にとどまらず、劇中の芸人事務所「金子プロ」に所属するお笑い芸人には、本年の「M-1グランプリ」に出場し、2回戦まで突破し話題を呼ぶお笑いコンビ・マルセイユの別府貴之と津田康平、単独ライブが発売後即完売する人気男女お笑いコンビ・エレガント人生の山井祥子など多数のお笑い芸人も出演している。さらに劇中、ピラティスが演じるコントを監修するのは、作家としての才能も開花させるインパルス・板倉俊之。言葉を巧みに操る板倉オリジナルのコントにも要注目だ。

映画『死に損なった男』公式

漫才やコントの台本を作る冴えない構成作家の関谷一平(水川かたまり)。
とある駅のホームで自死しようとするが、隣駅で起きた人身事故によりそのチャンスを逃す。
隣駅で死んだ森口友宏(正名僕蔵)は一平に取り憑き、こんな要求をする。
「娘にDVをした元夫の接近禁止命令が解かれた。そいつを殺してくれないか。」そして続けてこう脅す。
「男を殺したらお前を解放するが、殺すまではずっと取り憑くぞ!」
理不尽な流れで窮地に追い込まれた”死に損なった男”が取った行動は…。

本作の第一印象と実際

タイトルや男の要求からして、全体的に暗く鬱々とした気持ちになるものだと思っていた。
実際に夜のシーンが多いこともあり、スクリーンは終始暗い。
私自身はそんな鬱々とした映画も嫌いではない(むしろ好きかも)なので全く問題視はしていないかったが、実際鑑賞していくうちに印象が変わった。
この作品、笑える…!

あまりにしつこい森口に耐えかねて、一平はついに森口の要求に了承してしまう。物語は、ここから思いもよらぬ方向に展開していった。

地味な青年と幽霊オジサンの青春

殺人に集中するため、一平はまずは目下のお笑いコンテストのための台本を書き上げることにした。行き詰まる一平を助けたのは、元国語教師の森口だ。本来の目的を忘れ、彼らは毎夜台本作りに明け暮れる。
その様を例えるなら、まるで青春漫画「バクマン」のよう。
ああでもないこうでもない。案を書き出した付箋を貼ったボードの前で、時に実演を交えながら取捨選択して作り上げていく。
冴えない男と既に死んでいるオジサンの青春。その構図が案外と面白い。
水あめくらいネバネバ、とにかく粘着質でしつこい幽霊オジサン。
風船に小さな針を刺したように息の抜けた、全てを諦めた青年。
本来上手くいくはずのない二人が、気がつくとバディになっている。

そして、実際に完成したコントも面白い。
危うく、声を出して笑うところだった。
それもそのはず、コントの監修はインパルス・板倉俊之である。

一平と森口の軽快なやり取りと、そうして完成したコント。
映画の中盤は笑える展開が所々に挟まっており、青春映画を観ているのかと勘違いしてしまいそうになる。

関谷一平と水川かたまり

映画初主演となる水川かたまり。彼の初主演作が、『死に損なった男』でよかった。個人的には、大正解だったと思う。
そもそも、水川の演技が実に自然である。やはり、コント師ならではの間とトーンだ。その絶妙さが、観ていて違和感がなく、むしろ心地良い。
さらに、普段の水川かたまりの瞬きが異様に多くて自信がない表情が、そのまま活かされている。関谷一平は、彼にしか演じられないだろう。

そんな水川を引き出し、引き立てるベテラン名バイプレイヤー正名も流石の演技力である。コミカルなシーンとシリアスなシーンの演じ分けに、ゾワっとした。
しかし前述の通り、基本的には粘着質な嫌なオジサンだ。
観ていると、ネバーっと効果音が聞こえてきそうである。そのリアルさが、一平の自然な表情を引き出していた。

また、森口と一平が互いを認め、信用していく過程で、二人の表情が徐々に変わっていく。大袈裟ではないその見せ方がまた、刺さる。
常に困ったような表情で、目をシバシバさせていた一平に笑顔が増え、表情や声色に覇気が出てくる。
眉間に皺を寄せ、目に映るもの全てに睨みをきかせていた森口にも笑顔が増え、”人間味”が出てくる。

凸凹コンビが好きな方には、刺さる作品だろう。
(ちなみに、本作が刺されば同監督の『メランコリック』も刺さるはず)

ほっこりしつつも、死生観を考え直せる良作であった。


1997年生まれ、丑年。
幼少期から、様々な本や映像作品に浸りながら生活する。
愛読歴は小学生の時に図書館で出会った『シートン動物記』から始まる。

映画・ドラマ愛は、いつ始まったかも定かでないほど、Babyの時から親しむ。
昔から、バラエティ番組からCMに至るまで、
"画面の中で動くもの"全般に異様な興味があった。

MBTIはENFP-T。不思議なまでに、何度やっても結果は同じである。

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