見出し画像

青木のアルバイト事情 ⇑くだらないエッセイ⇑

 何年前だったか、以前の職場に、青木という売れてない役者志望の男がいた。青木は正社員ではなくアルバイトだった。もし芝居の依頼が来たら、すぐに辞めることが出来るようにしているのだと言っていた。
 アルバイトではあったが、何事にも一生懸命取り組む男だった。手を抜くということが出来ない奴なのだ。

 あるとき休憩室でコーヒーを飲んでいると青木が、役者という仕事について熱く語り始めた。でもなかなか食っていけないので、いろいろなアルバイトを掛け持ちしているのだと言う。
「この前、交通誘導員のバイトしたんすけど、きつかったっす」
「夏は暑いし、冬は寒いし、雨や風の日もずっと立ち続けて車を誘導するんだから、たいへんな仕事だよねえ」
と労いの言葉を掛けると、
「いや、そうじゃなくて、暇すぎてきつかったんす」
と言う。

 聞けばその現場は、事故が起こりそうな複雑な構造の交差点というわけでもなく、見通しの良いまっすぐな直線道路。別に道路工事をしているというわけでもなく、工事車両や障害物が邪魔をしているというのでもない。ただそこに立って、車が来たら「ご迷惑をおかけしています」と言って頭を下げるだけの誘導。青木がそこに立っているから、通行の邪魔になって迷惑をかけているという始末。
「この現場に誘導員が必要なのか?」
と首をかしげるような状況。こういう不思議な仕事がたまにあるのだそうだ。しかもその日はなぜか通行する車がほとんど無く、1時間に3台ほどが通るだけという状況だったらしい。

 昼休憩1時間を挟んで、朝から夕方まで9時間拘束。青木は、どうやって一生懸命8時間仕事をすればいいのか悩んだのだと言う。
 幸いなことに、翌週の日曜に、とある商店街イベントでご当地戦隊ヒーローの仕事が入っていた青木。交通誘導をしながら戦隊ヒーローの決めポーズの稽古をすることにしたと言う。

 決めポーズの稽古はこんな具合だ。
 赤色の誘導棒をヒーローが振りかざす剣に見立て、ヒュッと誘導方向を示す。腕をピシッと伸ばし、指先にまで神経を集中させる。足のステップは軽やかに。
「ご迷惑をおかけしています」
と頭を下げる角度は90度。通過後、5つ数えたら頭を上げ、車が見えなくなるまで見送る。
「どうぞ、お気をつけて」


 どうでもいい話だが、青レンジャー役に抜擢されて、
「今回は自分のハマり役だと思うんすよ」
と誇らしげに語っていたのを思い出す。青木なだけに。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?