親子を超えた”血縁のない親子”の物語~「そして、バトンは渡された」~
初めての投稿になります。今回は瀬尾まいこさん著「そして、バトンは渡された」の書評(読書感想文)です。
きっかけ
この本を読んだきっかけは「映画化されたこの作品を見て、とても感動したから」です。友人らと見に行きましたが、全員一致で涙しました。ほかの友人にも勧めたところ、彼らもとても感動したといっていました。そんな中、一緒に行った友人らはすでに原作を読んでおり、ぜひ読んでみてほしいと言われました。またネットを少し見たところ、「原作と映画ではストーリーが違う」とあり、気になったこともあいまって読むことを決めました。
原作と映画の両方を見てみると、「確かにストーリーが違う。しかしそれ以上に感動の性質が違うのではないか」という、いままでにない感想を持ちました。思えば、いままでこれほど立て続けに、原作とそれが映像化されたものの両方を見ることはなかった気がします。なので、同じような話を比較して考えることが新鮮で、そのような感想を持てたのかなと思います。この自分の中での初めての感想を説明するために、まずは映画の感想を書かせてください。
映画の感想
まず、登場人物や物語を把握するために、「映画『そして、バトンは渡された』オフィシャルサイト」の作品情報(https://wwws.warnerbros.co.jp/soshitebaton-movie/introduction_story/)からあらすじを紹介します。
このように、映画は「秘密」を前面に押し出し、視聴者の鑑賞意欲を高めるようなストーリー構成になっていることがわかります。私自身、最初から最後まで飽きずに見て、驚き感動できたのはこのような構成になっていたためで、とてもいい作りだったと思います。また、色を使うことによって、優子の感情の表現やキーワード「バトン」の暗喩をしていたり(多分)、音楽によって雰囲気づくりをしたりと、映画だからこそできる表現によって感動はより大きかったです。総合的に見て、とてもまとまったいい映画でした。
映画と小説の違い
それに対して小説は少し違いました。映画では押されていた「秘密」は物語の序盤で明かされます。映画とは全く違う表現の仕方に驚きました。さらによくよく読んでみると、映画ではカットされた場面があるだけでなく、映画でのみ描かれている場面が結構多くありました。特に映画を見ていて心を動かされた「卒業式」「父親との再会」「ある人物の他界」といった場面は、大体が映画オリジナルなものでした。さらに、おそらくですが作中で登場人物が泣いているシーンは描かれていません(多分)。小説なので、色や音楽などの直接五感に訴えかけてくる表現もできない(できるのかもしれないが、わかりやすくはない)ため、映画と違って小説は「わかりやすく感動する物語」にはなっていません。いわば、映画は仕掛けがたくさんあるストーリーやダイナミックな演出によって「動的な感動」を、対して小説は落ち着いたストーリーや演出によって「静的な感動」を漂わせていると考えられました。
小説の良さは?
おそらく、わかりやすく感動したり、驚いたりしたい場合は映画を見たほうがいいように思えました。では、小説の存在意義はいったい何なのでしょうか。
映画と比較すると、原作のストーリーには優子と森宮さんとの会話シーンが多く、優子とほかの親との場面はただの出来事のように描かれているなと感じました。インパクトのある出来事が映画に比べて少ないことから、自然と優子と森宮さんのやり取りが際立ちます。よって私は「優子と森宮さんの関係」により焦点を当てることができる点が、この作品の良さなのではないかなと感じました。これは、映画ではインパクトある感動に引っ張られてしまい、深く考えるに至らなくなっている点でもあると思います。ここでは、とくに森宮さん(義理の父)の心情をどう捉えるかに焦点を当てて考えていきます。
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小説での大きな要素として「地の文が誰によるものであるか」があります。映画はその性質上、すべてのシーンは客観的に描かれます。それに対して本作では地の文は「優子」によるものです。これによって優子の心情がとても分かりやすいものになっていますが、逆に森宮さん側の心情は読み取りにくくなります。よって、二人の関係性について深く考えるためには、森宮さんの行動から心情を捉える必要があるのではないでしょうか。
優子と森宮さんの会話のシーンはほとんどが「優子のためにしつこいほど尽くす森宮さんと、それらを度が過ぎていると言う優子」という構造です。例えば、優子の元気がない時には何日も餃子を焼いたり、受験勉強をしているときには優子が空腹でなくても夜食を作ったり、優子がピアノを欲しがったらピアノを買ってあげようとしたり、休日に遊びに行かなかったりと、これらのほかにも映画では描かれていないエピソードがたくさんあります。作中でも表現されていますが、これらの行為を森宮さんは「普通の父親だったらこう言うことするだろう」と考えています。これは客観的にみると森宮さんの中の理想の父親がそうさせていると捉えられ、これを本心でやっているのか、それともただの役割としてやっているのかははっきりわかりません。
これに対して、早瀬との結婚の際、森宮さんは猛反対します。私にはこれを父親の役割としてやっているようには感じられません。なので、ここで初めて(多分)森宮さん自身の本心が現れているのではないでしょうか。
少し余談ですが、映画では早瀬との結婚は父親巡りをすることであっさり認められます。私が映画を見たときに一番引っかかったのはここで、猛反対していたにしては手のひらを返しすぎなのではないかと思っていました。その後の展開を考えれば、あっさり認めないと話がややこしくなってしまうのはわかるので、物語のインパクトを重視した結果なのでしょう。しかし、小説では父親巡りをした後も、森宮さんは心の底からの結婚は認めていないようでした。その後の早瀬の行動によって、にくい奴だとは思いながらも結婚を認めるという展開になっていて、こちらのほうが自然だと感じました。森宮さんの心情の自然さ的に、私は小説のほうが好きです。
森宮さんの猛反対が本心であるとするならば、今までの行為全てが本心からの行動であると、芋ずる式に判明します。さらに印象的なのは、結婚式前夜の森宮さんと優子の会話です。「自分を引き取ることを嫌に思ってなかったか」という優子の問いかけに対して森宮さんは
「本当にちっとも嫌じゃなかったんだよな」
といい、一流の人生を歩む中で目指すものを失っていたが、優子を育てることが幸せをもたらしてくれたこと、人生を生きる意味を与えてくれたことを打ち明けます。このシーンが「血縁なんてなくても成立する親の愛情」を表していると感じ、とても感動しました。さらに、このシーンでの地の文で優子も同じような思いであると書かれています。ですが、その内容を直接は森宮さんに言いません。この結婚式前夜の時点では優子の想いを森宮さんは確認することはありませんでした。ここは地の文が優子によるものであることが活かされているなと感じました。
そんな優子の伝えなかった気持ちですが、結婚式当日に森宮さんに伝わることとなります。結婚式当日、5人の親たちが集う中、急遽森宮さんが優子とバージンロードを歩くことになりました。森宮さんは
「最後の親だからバージンロード歩くの、俺に回ってきちゃったんだろう」
と、入場する直前の優子に言います。すると
「まさか。最後だからじゃないよ。森宮さんだけでしょ。ずっと変わらず父親でいてくれたのは。私が旅立つ場所も、この先戻れる場所も森宮さんのところしかないよ」
と言いました。この「父親」という言葉は優子が森宮さんのことを父親であると認めたから出てきた言葉で、このタイミングで初めて出てきます。しかし、この後、朝食のお礼をする際には
「ありがとう。森宮さん」
と、「お父さん呼び」はしません。
「最後にお父さんと呼ぶのかと思った」
という森宮さんに対して、優子は笑って
「お父さんやお母さんにパパやママ、どんな呼び名も森宮さんを越えられないよ」
と言います。これが優子から森宮さんへの感謝の気持ちをとてもよく表していると感じました。血がつながっていなくても、人生を尽くしてくれた森宮さんへのこれ以上ない言葉で、とても感動しました。私がすごいなと思ったポイントは「この結婚式当日の場面では、今まで優子が地の文を担当していたところを、森宮さんに代えたこと」です。これによって、感謝を打ち明ける際には、その人の心情を直接的に描かないという構造が完成します。小説でしかできないような表現で、二人の心情をうまく隠して、読者が感謝の気持ちを主観的に受け取ることができるようになっていて、素晴らしいです。
普通の親であれば、子供の結婚は「旅立ち」と表現するのが普通でしょう。しかし、森宮さんの場合は「水戸さん夫妻、梨花、泉ヶ丘さんらから託された優子を早瀬に託す」ようになり、まさにバトンを渡すようになっています。「そして、バトンは渡された」というタイトルは、血がつながっていない親子だからこそ感じるものを端的に表現したものになっているのです。
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まとめ
ここまで、私がこの作品に感じたことを書きました。小説でしか表現できないことをうまく使って、静的に感動を伝えるという構成に気付け、感動しました。特に最後の2ページはしみじみと心に沁み、小説ならではの感情を抱くことができました。
私は映画から小説の順でみて、このような感想に至りましたが、もし逆に見ていたらまた違った感想になっていたかもしれません。私は個人的に映画から小説の順で見ることをお勧めします。はじめにインパクトのあるストーリーに触れ、そのあとにじっくりじっくり登場人物の感情に寄り添うような味わい方のほうが、この作品をより楽しめると感じたからです。
インパクトのある映画、しみじみと感動できる原作。両方の感情を味わうことのできる作品になっています。ぜひ、一見、一読してみてはいかがでしょうか。
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