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ゼロ・ディスチャージへの挑戦

非常に環境規制の厳しい海域での掘削計画に携わったことがあります。

南国も現在、環境問題には非常に敏感になっています。一方で、石油開発も国の主要な財源として重要です。

このような中で、私たちに与えられた使命は、いかに環境にインパクトを与えずに探鉱のための井戸を掘るかということでした。当初は担当官庁からゼロ・ディスチャージ、つまり完全排出・投棄ゼロを目指すようにとも言われていました。

通常、新しく井戸を掘ったり施設を作ったりする際には、地域の健康・安全・環境に対するインパクトを調査するHSEIA (Health Safety and Environmental Impact Assessment) というものを実施・提出して、担当する官庁から許可をもらう必要があります。特にその地域で初めて掘削を行う場合や施設を作る場合には厳格な審査が行われます。

私たちが掘削を計画した地域は、海岸から近く、また人口が集中する街の近くだったこともあり、掘削が始まれば街から掘削の様子もが丸見えになるような場所でした。したがって、担当する官庁も、私たちの会社のHSE 部門も非常に神経質になっていたのです。

通常、生産中の油田内の井戸の掘削であれば、掘削中に循環させる泥水とともに地表に上がってくる地層の掘くず (カッティングス) は、泥水から分離され、海底に投棄することが許されています。

井戸一本でだいたいどのぐらいのカッティングスが生成されるのでしょうか。

例えば10,000 ft の井戸を掘るとして、掘削ははじめ大きな孔径で掘り始められ、地下に向かって段階的に小さな孔径で掘っていきます。カッティングスの量はざっくりと以下のようになります。ちなみに 1 ft は0.3048 m であり、12 inchです。10,000 ftの深さの井戸ということは約3050 mの深さということです。

[井戸の孔径と深さの一例]

  • 36 inch 孔:350 ft

  • 16 inch 孔:6,500ft

  • 12-1/4 inch 孔:9,000ft

  • 8-1/2 inch 孔:10,000ft

カッティングスの総量 (孔の体積合計) = 350 x π(36/12/2)^2 + (6500-350) x π(16/12/2)^2 + (9000-6500) x π(12.25/12/2)^2 + (10000-9000) x π(8.5/12/2)^2 = 13494 立方フィート = 382 立法メートル

ようするに、固めれば7.25m x 7.25m x7.25m ほどの掘くずを海洋に投棄することになります。もちろんカッティングスは海流などによって多少流され、薄く広がって海底に堆積します。通常、南国の油田内の掘削では、これぐらいの体積で、有害物質が含まれていなければ海洋投棄が認められています。

しかし、環境保護地域であったり、街の近くであったりすると、規制が厳しくなり、海洋投棄ができなくなります。その場合には、カッティングスをバスケットにためて、船で投棄が許可されている海域や陸上に運んで処理したり、カッティングスを細かく砕いて海水などと混ぜてペースト状にして、別の井戸で地下に再圧入したりします。

南国の海上油田では実際にカッティングスの地下再圧入処理を常時行っている油田もあります。これは通常は海水ベースの泥水を循環させて掘削するのに対し、この油田では井戸掘削中の孔壁安定性を確保するために、特別にオイルベースの泥水を循環させて掘削を行う必要があるためで、オイルベースの泥水にまみれたカッティングスは海洋投棄に適さないからです。

私たちは、廃棄物処理会社などと交渉し、カッティングスを貯めておいて、船で陸上に運び処理する方法をとることにしました。

また、もし運よく石油を発見して、フローテストを行う際にも、まだパイプラインなどが敷設されていない地域ですので、地下から噴出した石油をパイプラインにつなぎこんで流すわけにはいきません。そのような場合、通常であれば、噴出した石油はその場でリグのバーナーを使って燃やして処理することも考えられますが、街の傍ではそれも許可されません。

フローテストで地表に噴出した石油は、テスト期間中タンカーをリグに横付けして、タンカーに貯めることにしました。本当に石油を発見してフローテストが行えるかどうかは、掘ってみるまでわかりませんが、タンカーを傭船して、いつでもリグに派遣できるように準備を進める必要がありました。

そのほか、通常のごみはもちろん、生活汚水も、リグの甲板を洗った排水も、甲板を伝って流れ落ちる雨水さえも、すべて、ゼロ・ディスチャージと言われ、リグの改造も一時期計画に上がりました。

ゼロ・ディスチャージに向かって、調査、交渉、準備に励んだ日々でしたが、結局掘削計画は別の理由でとん挫して、いまだに掘削には至ってはいないようです。

このようなレベルでのゼロ・ディスチャージ掘削がもし実現していれば、当時南国では初めてということでしたので、この準備の経験は大変貴重なものでした。

「ゼロ・ディスチャージ」、今でも頭にこびりついている言葉です。

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