また、同じ夢を見ていた
こんばんは。
日曜日の夜、いかがお過ごしでしょうか。
私は湯船にのんびり浸かって、
久しぶりに気力があるので
スキンケアを念入りにやって、
あったかい飲み物を飲みながら
リラックスタイム中です。
日中は目的があって外出したのですが、
さすがの日曜日で思ったよりも混雑していたので、
その目的は諦め、
良い天気だったので散歩をしました。
本屋さんを眺めつつ、積読が増えて困るので、
購入するのはグッと我慢し、
いつか読むリストに追加しました。
そして、持参していた本があったので
久しぶりにゆっくりカフェで
読書をする時間が取れました。
暇な時間を使い、ちまちまと数日かけて
半分くらい読み進めていたのですが、
今日は後半戦から一気に読み終えました。
今日はその読んだ本の感想でも書き記そうかなと。
今回の記事タイトルは、その本のタイトルです。
住野よるさん 著
「また、同じ夢を見ていた」
「君の膵臓をたべたい」
という小説と同じ著者さんで、
こちらは映画化もされたので
ご存知の方もいるかもしれません。
「君の膵臓をたべたい」は、
高校生くらいの時に読んでいます。
良い場面を電車内で読んでいたため、
泣くのを必死に堪えた記憶があります。
映画も観ました。
今回「また、同じ夢を見ていた」を読んだのは
とあるテレビ番組で紹介されており、
あらすじを聞いて、面白そうだなと思ったことが
きっかけです。
あまり詳しく書きすぎると、
この物語の鍵となってくるストーリーの
ネタバレになってしまうので、
ざっくりとしたあらすじに留めます。
主人公は小学生の
小柳奈ノ花(こやなぎ なのか)という女の子。
自分は賢く、同級生のほとんどは馬鹿だと
見下しているような節があります。
そんな同級生たちと合わせて、
仲良く遊ぶといったこともせず、
小学生という年齢に似つかわしくないような
態度で大人びてみせたり、
ひねくれた態度をしていることから、
周囲からは浮いた存在であり
学校には友達と呼べる子はいません。
けれど、
奈ノ花ちゃんには様々なきっかけで出会った
自分よりも大人の友達がおり、
放課後、その友人らに会いに行くのが日課と
なっています。
そのため、学校に友達がいないということを
気にも留めていません。
ある日、小学校の国語の授業にて、
「幸せとは何か?」ということを考える課題が
出されます。
「幸せとは何か?」
友達から助言をもらったりしながら、
様々な学びを得ていきます。
そして、少しずつ心境にも変化が現れ、
自身の答えを見つけるために懸命に悩みつつも
成長していく奈ノ花ちゃんの姿が
物語を通じて描かれています。
読了した後、
たくさんの学びを得ることができました。
奈ノ花ちゃんは同級生とは馬が合わず、
端から理解しようともしないため
人間関係がうまくいかないことばかりでした。
けれど、いろんな出会いの中で、
自分を貫くだけの今のままではダメなのだと
気づくことができ、そこから少しずつ
同級生との距離を縮めることができました。
私自身も「どうせ誰にも理解されない。」と
誰にも相談せず、自分の殻に閉じこもってしまう節があります。
けれど、そういう思い込みや決め付けだけで、
視野が狭くなってしまうことは良くないなと
気づかされました。
また、物語の中では、
「幸せとは、◯◯ということだと思う。」
と、物語に出てくる方々の意見が出てきます。
その中で
「幸せとは何か?」
私自身も奈ノ花ちゃんと一緒に助言を受けている
かのように様々な人の意見を聞きながら、
考えていました。
「これだ。」
というはっきりとした答えは
私の中で見つかりませんでした。
けれど、その中でも心に響いた言葉はあります。
誰かが決めた「幸せ」という形に捉われ、
そこに劣等感を抱いて苦しくなったり、
誰かが幸せにしてくれるのを待つのではなく、
自分自身を大切に生きていくことで、
自分を取り巻く環境が豊かになっていき、
自然と自分なりの「幸せ」という形が
見えてくるのかもしれないなと感じました。
私は
これまでのいろんな経験が積み重なって、
幸せの後に来る不幸を恐れて
なるべく、幸せになることを避けてしまうように
なったと思います。
だけど、
「もう幸せになっていいんだよ。」と
少しずつ自分自身に優しさをあげて、
少しずつ自分を許せるようになりたいなと
思えました。
素敵な本に出会うことができました。