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クリスマスショートストーリー:『オルゴールが奏でる再会』

40代を迎えたクリスマスイブの夜、駅前の骨董店で偶然見つけた小さなオルゴール。
その音色は、30年以上前に別れた初恋の人との記憶を呼び覚ます。
「まさか、こんなところで……」
再会を果たした二人が過去と現在を繋げる特別な一夜。
忘れられない恋の記憶と、未来への選択を描いた大人のラブストーリー。


クリスマスイブの夜、私は駅前の小さな骨董店の前で足を止めた。
寒空の下、イルミネーションの光が店先のショーケースに反射して揺れている。その中で、一つの小さなオルゴールが目に留まった。銀色に輝くそれは、どこか懐かしい雰囲気をまとっていた。

「まさか……」
私は思わず呟いた。30年以上前、初恋の人、健一と一緒に訪れた雑貨屋で見たオルゴールに似ていたからだ。

【過去】

「これ、綺麗だね。」
高校2年生の冬。放課後、健一と入った店で私は小さなオルゴールを手に取った。

「じゃあ、これ買おうか?」
彼は微笑みながらポケットから小銭を出していたけれど、私は遠慮して首を振った。

「そんなのいいよ。高いし。」
「いいじゃん、クリスマスだしさ。」

その後、結局オルゴールは買わずに店を出た。けれど、あの時間、あの音色はずっと私の中に残っていた。オルゴールのメロディが私たちのささやかな未来を象徴しているように感じたからだ。

しかし、その未来は叶わなかった。
卒業間際に健一の父親の転勤が決まり、彼は突然転校してしまった。連絡先を交換する間もなく、私たちは離れ離れになった。

【現在】

あの日と同じメロディを奏でるオルゴールの音が、骨董店から聞こえてくる。私は吸い寄せられるように店内に入った。

「いらっしゃいませ。」
店主の声を聞きながら、オルゴールに手を伸ばした瞬間、背後から声をかけられた。

「……美咲?」

その声を聞いた瞬間、時間が止まったようだった。振り返ると、そこには紛れもなく健一が立っていた。年齢を重ねた彼の顔に、かすかに高校生だった頃の面影が浮かぶ。

「健一……?」

店の隅にあるカフェスペースで、私たちは静かに向き合った。
「こんなところで会うなんて、信じられないな。」彼が言う。

「本当に偶然ね。」
言葉はぎこちなかったけれど、心の中では高校生の頃の記憶が次々と蘇ってきた。

「それ、覚えてる?」
健一が指差したのは、あのオルゴールだった。

「あの時、君が気に入ってたものと同じだよ。」
彼は覚えていた。30年以上も前の、あの瞬間のことを。

【過去】

私たちの最後の会話を思い出す。
転校の前日、健一が教室で「またどこかで会えたらいいな」と言ったとき、私は「うん」としか答えられなかった。本当は何かもっと伝えたかったけれど、あの時の私は何もできなかった。


【現在】

「健一、今は……どんな生活をしてるの?」
私は恐る恐る尋ねた。

「普通だよ。結婚して、子どももいる。平凡な毎日だ。」
彼の言葉に、私も自分の現状を話した。同じように家庭を持ち、子どもたちが成長して独り立ちした後の少し寂しい日々を。

「でも、あの頃のことは、ずっと心の中に残ってた。」健一がぽつりと言った。
「オルゴールの音を聞くたびに、君のことを思い出してた。」

私も同じだった。過去に取り残されたはずの思い出が、まるで今にも手を伸ばせば届く場所にあるように感じた。


「これ、買おうか。」
健一が微笑みながらオルゴールを手に取る。あの時と同じように、彼は私のために買おうとした。

でも、私は首を振った。
「今はいい。これ以上、思い出に浸ると現実に戻れなくなりそうだから。」

彼は少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに微笑んで「そうだな」と言った。

【エピローグ】

その夜、帰宅した私は家族と過ごすリビングで静かに涙を流した。過去に取り残されていた初恋の記憶が、今の私に何かを教えてくれている気がしたからだ。

「今があるのは、あの時があったから。」
そう思えた瞬間、私は不思議と前向きな気持ちになれた。オルゴールの音色が、私に大切な何かを取り戻させてくれたのだ。




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