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クリスマスショートストーリー:『デジタルの向こう側』

クリスマスイブ、遠距離恋愛中の彼と画面越しに交わした言葉。
それは、希望の灯か、それとも終わりの予兆だったのだろうか――。


スマートフォンの画面には、海外で働く恋人からのビデオ通話が点滅している。
その瞬間だけは、距離も時差も忘れられる。儚くもリアルな愛。

ふと手に取ったのは、古いアンティークショップで見つけた小さなクリスマスオルゴール。
静かな音色が、部屋に優しく響き始める。


私たちの恋は、まるでデジタルの向こう側に漂う、見えない糸のようだった。
彼はシリコンバレーで夢を追い、私は東京でウェブマガジンを作っている。

時差も距離も、私たちの心を引き裂くことはできない――そう信じたかった。


「聞こえる?」
彼の声が、少し途切れながらスマートフォンから流れる。

「うん、聞こえてるよ」
オルゴールの柔らかな音色が、私たちの会話の隙間を埋める。


去年のクリスマスに彼が見つけてくれたこのオルゴール。
銀色に輝くそれは、まるで私たちの関係そのもののようだった。
繊細で、壊れそうで、それでも確かに美しい。


「来年は一緒に過ごせると思う」
彼が言う、夢のような約束。
スタートアップの仕事が落ち着いたら、日本に戻る予定だった。

けれど、私は分かっている。
その「来年」がどれほど不確かで、遠いものなのかを。


画面の向こうで、彼の姿がピクセルのように揺れる。
通信環境が悪くなり、オルゴールの音もどこか歪み始める。

「聞こえる?」彼の声がさらに遠くなる。
「聞こえてるよ」と答えながら、私は心の中で嘘をついていた。

やがて通信が途切れ、画面は真っ暗になった。
残されたのは、オルゴールの音色だけ。


クリスマスイブの静かな夜。
私の手のひらで、その音は震えているようだった。

デジタルの向こう側の彼との思い出は、この小さな楽器の中に閉じ込められたまま。

SNSで彼のアカウントを開く。
最後のメッセージは既読のまま。

送信ボタンを押す前で、私の指はかすかに震える。
「また明日」と打ちかけた言葉を、そっと消す。

そんな日々が、何度繰り返されただろう。

「来年、本当に会えるのかな……」

呟いた言葉は、誰にも届かない。
ただ、オルゴールのメロディだけが、静かに、誰にも聞こえない音を奏で続けていた。





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